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マスコミは報道の自覚と責任を 門多 丈

2010年11月22日
先週「円高・ドル安 転機の兆し」との記事があった。今年の8月に急激な「円高」の動きがあった時の報道との、あまりの論調の違いに愕然とする。マスコミは近視眼的な報道に終始するのではなく、グローバルな構造変化も見据えた大局的な一慣性のある報道に務めるべきである。
先週「円高・ドル安 転機の兆し」との報道があった。米国の量的緩和への各国の批判などから、追加金融観測が後退したことが背景にあるとの記事である。今年の8月に急激な「円高」の動きがあった時の報道との、あまりの論調の違いに愕然とする。急激な円高の中でマスコミは日本企業の悲鳴を伝え、日銀の一層の金融緩和と政府の為替介入を強く促した。この報道の論旨には二つの致命的な間違いがあった。

一つ目は、日本の企業経営がこの10年にわたり「設備・雇用・借入」という3つの過剰の削減、合理化に努めており、これ以上「乾いた雑巾」は絞れないと論説したことである。しかしながら経営の選択と集中を徹底せずに、この間かなりの期間継続した90円台の為替の「ぬるま湯」に安住し変革を怠っていたのが日本の経営ではないか。その後の事実が「経営の悲鳴」の論調があまりに一方的であったことを示す。今年の第3四半期の景気や企業の業績は絶好調で、特に上場企業の業績は回復し2011年3月期の連結経常利益では、円高に伴う収益の目減りがあっても前期(2010年3月)を大幅に上回ると報道された。企業経営からも強いメッセージが出された。東芝の佐々木社長が「70円代経営」構想を提起し、一層の合理化や海外戦略の見直しに着手した。

二つ目は上滑りな「空洞化窮乏論」である。当初は円高を一層の海外進出やM&Aのチャンスと論じる報道はほとんどなかった。いつもは経済のグローバル化を論ずる立場からあまりに乖離していなかったか。これも事実で反駁された。上述の日本企業の今期の業績の好調は、海外事業の好調や新興国市場の需要拡大が貢献しているためと言う。

マスコミはその時点、時点での近視眼的な報道ではなく、グローバルな構造変化を見据えた大局的な観点からの報道を行うべきではないか。今回の「円高」の問題は従来からの円・ドル為替の問題ではない。中国や新興国の興隆の中で、将来の基軸通貨が何か、グローバルな通貨システムがどうなるか、の問題が突き付けられた、と認識すべきではないか。今回のG20で米国の量的緩和、ドル安政策への強い批判が参加各国から出たのがその象徴ではないか。急激に円高に動いた局面で日銀の金融緩和、政府のドル買い介入を催促する記事に終始したマスコミの責任は重大だ。

(文責:門多 丈)

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