ブログ詳細

高い法人貯蓄率はコーポレートガバナンスの失敗? 安田 正敏

2010年11月12日
「高い法人貯蓄率はコーポレートガバナンスの失敗」という主張をどう受取るかによってコーポレートガバナンスを巡る議論も大きく変わると思います。
1ヶ月ちょっと前の記事ですが、10月7日のウォールストリートジャーナル日本語版のオピニオン欄にニコラス・ベネシュ氏が「日本の高い法人貯蓄率の是正に向けた提案」という投稿記事を寄せています。ベネシュ氏は在日米国商工会議所の理事であり、金融庁のコーポレートガバナンス連絡会議のメンバーでもあり、また社団法人会社役員養成機構の代表理事としてコーポレートガバナンスに関する積極的な発言をしています。この投稿記事もタイトルからは想像できませんが日本企業のコーポレートガバナンスに関するものです。少し長いので論旨を簡単に要約すると次のようなものです。

日本の対GDP貯蓄率は法人貯蓄の増加に支えられ2008年26%と1993年のレベルと変わらない(家計の貯蓄率はこの間13%から5%へ低下)

⇒ 企業の貯蓄は本来配当支払や設備投資に回すべきものだがそれが子会社株、持ち合い株および国債などの非中核的資産に回されている
⇒ これが大きなデフレ圧力になっていると同時に投資側から見ると投資のリターンを制御することを難しくしている。
⇒ この問題を解決するための鍵は、高い貯蓄率を企業統治(コーポレートガバナンス)の失敗とみなすこと。したがって解決策として次の3つを提案:
  1. 銀行や保険会社を含むすべての機関投資家が有する信認義務 (Fiduciary Duty:)を定義する法律の制定(米国のERISA法:Employee Retirement Income Security Actのようなもの)。
  2. 機関投資家に対し、すべての株主議決権を行使することを義務づけること。そして議決権をいかに行使したかをウェブサイトで開示することを義務づけること。
  3. 独立系取締役の役割を強化すること。上場企業に対し、社外取締役を50%以上にするよう指名させること。

最後の3つの提案は、日本企業のコーポレートガバナンスを議論する際に必ず出てくる大きな課題ですのでその是非についてここでは触れません。むしろ、この記事の核心は、ベネシュ氏が「高い貯蓄率を企業統治(コーポレートガバナンス)の失敗とみなすこと」と言い切っている点にあるのではないかと筆者は思います。これは日本の企業の経営者が貯まっているキャッシュを成長分野に積極的に投資していないというミクロの経営に関する主張を超えて、20年近く続いているデフレ経済について日本企業の経営者の責任は大きく、彼らはそれを自覚すべきであるという主張にも聞こえます。

世界的なデフレと低金利はマクロの現象であり主要国の金融財政政策がその解決の鍵を握るということは当然のことですので、個々の経営者としてはそこまで言われる筋合いはないと思うのが本音でしょう。マスコミやその他いろいろの機会を通していろいろな経営者の発言から聞こえてくるのは「政府がこの状況を打破してくれないと経営者はどうしようもない」という共通した意見です。たとえば、法制審議会の会社法制部会におけるある経営者の発言がその例です。

「経営者の今の私の心情から申し上げますと、是非やっていただきたいのはデフレの克服でございますし、景気低迷からの早期の脱却ですね。これを何とかしていただきたいと、そういうのが最優先課題であると、こう思っているわけでございまして、・・・」

この困難な状況の中で多くの従業員を食べさせていかなくてはならない経営者の苦悩と心情はよく理解できますが、個々の経営者が企業家精神を忘れ政府の政策頼みの姿勢に終始しているだけでは現状の打開は難しいと思います。ミクロの意思決定の集積がマクロ経済を変えていくという意識をもつことが何よりも重要な時代ではないかと思います。

その意味で、コーポレートガバナンスを巡る経営者側の議論、たとえば上記の3点に関する議論についても、「高い貯蓄率を企業統治(コーポレートガバナンス)の失敗とみなすこと」という主張をどう受取るかによって大きく変わってくると思います。

(文責:安田正敏)

この記事に対するご意見・ご感想をお寄せください。

この記事に対するトラックバック一覧

サイト名: - 2019年6月26日 12時58分

タイトル:
内容:
URL:/blog/blog_diaries/blog/blog_diaries/receive/119/


こちらのURLをコピーして下さい

お問い合わせ先

一般社団法人実践コーポレートガバナンス研究会

ページトップへ