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シンガポールにおける取締役教育を見て-取締役教育に関する雑感 安田 正敏

2013年06月23日
アジアの取締役教育の現場を垣間見てきた実感は、コーポレート・ファイナンスやリスクマネジメント等経営の重要な分野の深い理解とそれぞれがどのように関連しあっているかを十分理解することが取締役の資質に欠かせないということです。このような取締役教育を日本の企業に根付かせるにはまず経営トップがその重要性を実感し行動をとること、さらに、経営トップにそのように迫る株主の姿勢が重要であると思います。
6月18日と6月19日にSingapore Management University(SMU)のExecutive Development Programmesを視察してきました。当初の目的は、このプログラムの内容について詳しい話を聞いたうえで、このプログラムを日本の取締役教育に援用できるかどうか、またSMUとICGJのこの点に関する協力関係をつくることができるかどうかという点を検討することでした。この点に関する我々の結論はまだ出ていないのでここで報告することはできませんが、ここではこのプログラムの内容を簡単に紹介し、6月19日に筆者がこのプログラムのクラスに2時間ほどオブザーバーとして座らせてもらい実際のクラスを見た経験に基づいて感じたことを簡略に述べてみます。 まず、このプログラムはSingapore Institute of Directors(SID)の協力のもとで2007年から開始されています。年間100人ほどの参加者があり、そのうち30%がシンガポールから、他の70%はアジア各国の様々な国から参加しているということです。ときにヨーロッパからの参加もあるようですが日本からの参加はまだ一人もいないということです。参加者のほとんどは現役の取締役です。

プログラムの目指すところは、取締役としての全体的視野を身につけてもらうことで、これを次の6つのModuleに参加することを通じて達成することです。これをSMUはHolistic Approachと呼んでいます。後で述べますがこの全体的視野という点が日本企業の多くの取締役に欠けている点ではないでしょうか。

  • Module 1- The Role of Directors: Duties, Responsibilities, and Legal Obligations (3日間)
  • Module 2- Assessing Strategic Performance: The Board Level View (3日間)
  • Module 3- Finance For Directors (3日間)
  • Module 4- Risk and Crisis Management (2日間)
  • Module 5- Strategic Corporate Social Responsibility and Investor Relations (2日間)
  • Module 6- Effective Succession and Compensation Decisions (2日間)

6月19日の午前の後半に2時間ほどオブザーバーとして参加したクラスはModule 6の”Compensation Decisions”がテーマでした。参加者25名で、リストをもらったわけではありませんが、名札、参加者の顔、アクセント、議論などから推察してシンガポール、マレーシア、インド、中国などからの参加であると推察しました。全て年齢は35歳~45歳くらいの現役の取締役で、日本企業の取締役より比較的若いと思われます。そのうち女性が40%くらいでした。

クラス・ディスカッションの推進役(Facilitator)は外部のコンサルタント会社のシニア・コンサルタントで米国人と推察しました。議論の進め方については、彼のプレゼンテーションに沿って適宜、質問、意見、反論、彼の即妙の応答などにより実に活発な発言が止みません。残念なことは、彼らの議論に日本はほとんど出てこないことでした。聞いたのは、アジアの国ではすごい勢いで取締役の報酬が上がっているという議論のとき彼が、「企業価値の成長していない日本は例外」とコメントしたときと「日本もユニクロのように新しい企業が現れるなど代わりつつある」とコメントしたときでした。

この現場を見てまず感じた印象は、いわゆる日本固有の事情がこれほど日本以外のアジアの国々とかけ離れているという事実にいまさらながら愕然としたことでした。例えば、彼らの取締役の報酬の議論は、取締役という高度な経営を実践する人材の市場が存在することを暗黙の前提としています。

もうひとつ実感したことは前に述べたHolistic Approachということの重要性です。例えば、日本の企業の場合、私は営業担当役員だから財務のことは財務担当役員に任せればいいという態度はよく見られるケースです。オリンパス事件等もこのような土壌を背景に起きたケースだと思います。このような態度は執行役員会ではありえても取締役会ではありえないということを認識することが取締役教育の出発点であると思います。例えば、筆者が参加したわずか2時間の間でもこのことが実感できる議論がありました。

報酬委員会を議論するところで報酬に対する考え方(Compensation Philosophy)が議論されましたが、どのようなパフォーマンスに対して報酬を決めるべきか、という点について、TSR(Total Shareholders’ Return)、RO(…)、EVA、バランスド・スコア・カード(BSC)のKPIなどなどが議論され、特にEVAについてはこれのベンチマークとなるのが資本コストであることが強調されていました。この例でわかるように、報酬に関する議論をする際にもコーポレート・ファイナンスの基本を取締役全員が理解していないと議論が始まらないということです。つまりコーポレート・ファイナンスに限らず上記の6つのModuleの内容とそれぞれがどのように関連しあっているかを十分理解することが取締役の資質に欠かせないということです。

このような取締役教育を日本の企業に根付かせるにはまず経営トップがその重要性を実感しそこに資金と時間を投資する積極的な姿勢が必要です。さらに、経営トップにそのように迫る株主の姿勢が重要であると思います。

(文責:安田正敏)


コメント
取締役の資質 大塚裕明 | 2013/07/01 17:40

4月22日、日本経済新聞一面トップに「半世紀ぶりの大型再編」と報じられてから2か月足らず。解任されたのは、社長、副社長、常務取締役企画本部長、まさに同社経営の中枢といって良い肩書の3人でした。 
複数の取締役の間で意見が異なるのはむしろ自然で健全なことです。ところが、同社では取締役会の議論を通じて会社の将来について決めることが出来なかった。そして前社長とその腹心が暴走して再編の発表を強行したところ、凄まじい反撃に遭い、既に発送されていた招集通知の議案が修正され、時期取締役候補から外されるという事態に至ったものです。 
まさに株主不在の痴話喧嘩。社員にとっても寝耳に水のゴシップ騒ぎです。 
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6月28日の日経社説、「企業価値を高める手立てを着実に実行し、株主への説明責任も果たす」経営をする為に、「外部の視点」が重要と説いています。熾烈な競争を勝ち抜き「上がりのポジション」に登りつめた内部の取締役は、出身部門に関する知識・経験では並ぶものが無い筈です。反面、「全体的視野」については「外部の視点」の方が一枚上手ということなのかもしれません。 
報告されたSMUの教育プログラムの内容は、MBAのExecutiveコースを更にコンパクトにした様な内容で(項目名だけから受けた印象ですが)特に目新しさは感じませんでした。ただ、コースの冒頭で取り上げられ強調されるHolistic Approachは内部昇格で取締役になることが多い日本企業の経営陣にとって一聴に値する考え方、再確認すべき心構えの様に思います。 
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社外取締役の導入(=経営の開放性)、取締役が持つべき全体的視野(=標準的経営指標の理解とリスクマネジメント)といった事柄は、グローバルな企業経営に於いて、もはやプロトコル(外交儀礼)のレベルに属すると言って良いものと思います。 
簡単なことなのに、もたついてしまうと、門前払いを食って最初から同じ土俵にあがることが出来ない。思わぬハンディキャップを負ってしまいかねません。「取締役の資質」の第一は、そういった企業経営をめぐる常識を、常にアンテナを高くしてキャッチし、咀嚼して、自らの経営に活かせるセンスなのだと思います。


コメント有難うございます 安田正敏 | 2013/07/08 11:33

いつもポイントを突いたコメントを頂き有難うございます。最後のコメントはたった2時間の経験ですがSMUのコースに参加したアジア各国の若きエグゼクティブの熱い議論を聞いていて痛感したことです。日本の経営者がこのような教育の必要性を実感して教育に資源を使う決断をしない限り改善しないでしょう。多くの企業の内部教育はその会社の文化にどっぷりとつかった人材を再生産することに使われているようです。

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