英国のコーポレートガバナンスを巡る最近の動き 安田 正敏
2009年12月16日
金融危機を契機に英国もコーポレートガバナンスの見直しに動いています。これには3つの流れがあります。機関投資家サイド、銀行業、上場企業についての見直しです。3つめのの上場企業のコーポレートガバナンスについては、取締役の継承計画が不十分なことが投資家サイドから批判されています。この論点は、日本ではコーポレートガバナンスの議論のなかで議論されていません。しかし、注目に値する論点だと思います。
金融危機以降、英国においてもコーポレートガバナンスの見直しが行われています。12月2日のファイナンシャル・タイムズ紙(FT紙)は、英国における最近のコーポレートガバナンスを巡る動きを特集しています。この特集によれば、コーポレートガバナンスの見直しの流れには、大きく分けて3つあります。今年11月に、機関投資家協議会(Institutional Shareholders Committee)によって制定された「投資家責任に関する規則」(Code of Responsibility for Investors)、財務省に委託された「銀行業のコーポレートガバナンスの見直し(責任者の名前をとりウォーカー・レビューと呼びます)」、財務報告審議会(Financial Reporting Council:FRC)に委託された「コーポレートガバナンス規則の見直し(責任者の名前をとりホッグ・レビューと呼びます)」です。
「投資家責任に関する規則」は強制力のない任意の規則ですが、機関投資家の責任という観点から、コーポレートガバナンスに対する投資家の考え方を示しています。
ウォーカー・レビューは、まさに金融危機の反省の上に立って大手の金融機関のコーポレートガバナンスについて、会長の毎年の再選挙、100万ポンド〔約1億4千5百万円〕以上の報酬をとる従業員・役員の数の開示、すべての裁量的な報酬の半分は支払を3年から5年遅らせることなどの改革を盛り込んでいます。このレビューは、すでに財務省および金融サービス機構(Financial Service Authority:FSA)から承認をうけて、どのように実施するかを検討中です。
ホッグ・レビューは、すべての上場企業を対象にしたもので、来年3月まで検討されることになっています。そして、その結果まとまる規則は、来年6月以降を会計年度とする企業に適用されることになっています。したがって、このホッグ・レビューについては、現在、議論の真最中であり、様々な議論が展開されているようです。このFT紙の特集にあるホッグ卿の話によれば、「FRCは銀行業以外の企業のコーポレートガバナンスについては深刻な破綻の証拠は見当たらないと考えている」ということで、ウォーカー・レビューのような「100万ポンド以上の報酬をとる従業員・役員の数の開示」などの改革は盛り込まれないようです。
FT紙は、ホッグ・レビューの中で投資家から批判を受けているものの一つに、取締役の継承計画(succession planning)についての規則が不十分だという点が挙げられると報じています。つまり、コーポレートガバナンス上、会長を含む取締役の誰かに問題があった場合、取締役の継承計画がないと、辞めさせるに辞めさせられないとか、事故や病気で欠員があった場合、適切な資質をもった人材をすぐに登用できないなどの問題が生じることを、特に投資家が危惧しているということです。この例として、FT紙は、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドの例を挙げています。この例は、CEOであるフレッド・グッドウィン卿に対して退任の圧力が高まった際、投資家は「誰も彼に代わるものがいない」と繰り返し説明されるだけだったという、投資家サイドの苛立ちを示しています。この問題を解決するためには、取締役予備軍(a ready-made pool of internal executives)を内部に用意しておく必要がある、というのが投資家サイドの主張です。
この論点は、筆者の知る限りでは、日本企業のコーポレートガバナンスの議論のなかにはあまり出てこないように思います。日本の企業においては、従業員の昇進プロセスの中に役員予備軍が十分確保されている企業が多いからでしょうか。特に、人材の豊富な大企業においては、その傾向が特に強いと思います。しかし、海外投資家の目から見た場合、それで十分かどうかという疑問符がつけられる可能性もあります。コーポレートガバナンスの議論の中で見落とされていた論点のような気がします。
(文責:安田正敏、文中の機関などの日本語訳はすべて筆者の責任です)
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