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取締役の忠実義務について 安田 正敏

2016年09月06日
日本の経営者は会社法第355条(忠実義務)の意味するところを、渋沢栄一翁の次のことばとともに、じっくり考えてそれを肝に銘じてほしいものです。「もしそれが自己のためにはならぬが、道理にも契(かな)い、国家社会をも利益するということなら、余は断然自己を捨てて、道理のある所に従うつもりである。」
最近の一連の不祥事を見るにつけ、日本の会社の経営者(代表取締役。取締役)が会社法第355条(忠実義務)をどのように理解しているか、大変気になるところです。

第355条
取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

この点については、佐藤総合法律事務所の佐藤明夫代表弁護士が、みずほ信託銀行の証券代行ニュースNo.110に書かかれた小論で、「単なる善良な管理者の注意で事務処理をする義務を超えた、委任者である会社に対して、他の業務や他の利益よりも、場合によっては自己犠牲も含めて、最優先でことにあたるくらいの義務の内容をふくんでいるのではないか、と思っている。」と言っています。つまり単なる善管注意義務を超えた非常に重い義務であると言っているわけです。
この文章が頭の片隅に残っていたせいでしょうか、最近読んだICUの岩井克人教授の著書「経済学の世界」を読んでいると、この忠実義務について説明をしている箇所に行き当たりました。その説明は、上述の佐藤弁護士の考えをより明確に理論づけたもので、筆者の肚にストンと落ちるものでしたので、その概要を紹介します。

現在の株式会社制度では、多数の株主が会社(株式会社を指します)に投資し、その会社は株主のお金を使って事業を行い、利潤を生み出します。その会社は法人であるので、その法人の法律上の権利・義務に基づいて事業を行うには自然人である取締役を必要とします。不特定多数の株主は、会社という法人を通じて投資したお金を使った事業の遂行を取締役に任せているのですが、その取締役とひとりひとりの株主が委任契約を結ぶことは現実的に不可能です。それでは会社と取締役が委任契約を結べばいいのではないかということになりますが、ここで問題が起こります。会社が契約するには自然人が必要となるので同じ取締役同士が契約を結ぶことになります。これは委任契約になりません。これは自己契約というものになり、一種の「誓い」のようなもので法的な拘束力を持つものにはなりません。
それでは、会社と取締役の関係はどういう関係になるかというと、信任関係という関係になります。この信任関係は、「一方の人間が他方の人間のために一定の仕事を行うことを信頼によって任されている関係」です。この信任関係というのは英国や米国で発達した信託における関係です。信任預託者は信任受託者に一方的に目的の遂行を任せる形です。例えば、これから生まれてくる子供に将来金銭を与えるために財産を信託するような場合、預託者である子供はその財産の管理を受託者に一方的に任せるしかありません。
この信託を支える義務が、忠実義務です。忠実義務とは、「一方の人間が他方の人間のために一定の仕事を行うことを信頼によって任されている関係」を確かなものにするための「他者の利益の向上を目的とする義務」です。さらに、岩井教授は、カントの「人倫の形而上学」の中の人間の『倫理』的義務の一つとして『他者の幸福の促進を目的とすること』という言葉を引用して「忠実義務とは倫理性の追求」であると結論づけています。

ここまで来ると会社法第355条が取締役に何を求めているかがわかると思います。つまり、この条文は取締役に倫理的義務のひとつを求めていることになります。それは「他者(株主を初めとするステークホルダー)の利益の向上のために最善を尽くす」ということであろうかと思います。これは、佐藤弁護士のいう「場合によっては、自己犠牲も含めて」という非常に重い義務です。

この考え方は、ここまでの説明で米国や英国から来た考え方であると思われるかもしれませんが、実は日本にも古くこの考え方があったということを示しておきましょう。明治・大正を通じて実業家であり思想家でもあった渋沢栄一翁は、その著「論語と算盤」の中で次のように言っています。
「事柄に対し如何にせば道理に契う(かなう)かをまず考え、しかしてその道理に契ったやり方をすれば国家社会の利益になるかを考え、さらにかくすれば自己の為にもなるかと考える。そう考えてみた時、もしそれが自己のためにはならぬが、道理にも契い、国家社会をも利益するということなら、余は断然自己を捨てて、道理のある所に従うつもりである。
もし、粉飾事件を起こした東芝の経営者にこのような意識があれば、東芝はGEにも匹敵するりっぱな会社となっていたかもしれないと考えると、日本の会社の経営者に会社法第355条の忠実義務の意味をじっくりと考えて欲しいと思わざるを得ません。

(文責:安田正敏)

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