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東芝の隠蔽体質と社外取締役の責任について 安田 正敏

2017年02月21日
今年2月14日に公表された「添付資料に含まれる財務数値は、独立監査人によるレビュー手続き中であり、大きく修正される可能性があります」という注釈付きのウェスティングハウス社を巡る7,125億円という巨額損失の背景には、覆い難い東芝経営陣の隠蔽体質があります。外部の目をもってその隠蔽体質を変えることが期待された社外取締役は何をやってきたのでしょうか。東芝の社外取締役は、ウェスティングハウス社の問題に対して自分たちが社外取締役としてどのように取り組んできたのかあるいは何をすべきであったのかということを社会に公表する責任があると思います。
本日(2017年2月21日)の日経朝刊に掲載されている「東芝 4度目の危機(1)会社が成り立たない」という記事を読んで次のような文章に驚きました。

「昨年12月21日。急きょ開かれた取締役会が10秒間、沈黙に包まれた。
会長の志賀が『WHで数千億円の損失が発生するかもしれません』と報告すると出席者は声を失ったという。ようやく『もう減損したはずでは』との問いが出ると「別件です」。社長の綱川は『何のことなのか理解できない』と繰り返した。」

これはまるでデジャブのような光景です。上記の取締役会からおよそ1年前の2015年11月27日、米国の子会社ウェスティングハウス社(以下、東芝の社内用語で「WEC社」という)の1,000億円を超すのれんの減損についての記者会見の席で、「『(巨額減損について)私は全く認識していなかった』東芝の室町正志社長(当時)は質問した記者に対して、こう言い切った」(2015年11月28日日経オンライン、小笠原啓記者)という出来事があったからです。また、この記事では、その後、次のように書いています。少し長くなりますが引用します。

「室町氏は2008年6月から2012年6月まで副社長を務めた。その後1年間常任顧問になった後、2013年6月から取締役監査委員として復帰した。2014年6月からは会長、2015年7月からは社長の座にある。こうした地位にあった人物が、中核子会社における1,000億円超の減損を『全く認識していなかった』と述べたのだ。
室町社長が本当に認識していなかった場合、東芝は中核子会社における巨額の減損処理を取締役会で議論していないことになる。東芝は減損の事実を社外に対して適切に開示してこなかった。WH(WEC)を所管する事業部門が、取締役会に対しても減損の事実を隠蔽していたと言うことだろうか。
一方、WH(WEC)の減損が取締役会の議題となっていた場合、室町社長がその事実を知らないのは、取締役としての義務を怠っていた可能性がある。」

小笠原記者が最後に述べているように、WEC社の巨額の損失について取締役会でも議論されていないとすれば東芝の取締役は全員が善管注意義務を怠ったということになります。しかし、WEC 社ののれんの減損については粉飾事件が発覚したときからマスコミも取り上げていた問題であり、東芝の取締役がこの時点まで知らないはずがなく、これは善管注意義務を怠ったこと以上に質の悪い隠蔽であるというしかありません。そして冒頭に挙げた昨年12月21日の取締役会でのやり取りもまるで茶番劇のように見えるのは筆者だけでしょうか。2016年6月24日に経営刷新を目指した新体制を率いる綱川社長が「『何のことなのか理解できない』と繰り返した」というくだりは欺瞞かそうでなければ経営者として全く無能力ということを示しています。これは社外取締役を含む取締役全員に対して言えることです。

特に、「WH(WEC)で数千億円の損失が発生するかもしれません」と報告したとされる志賀会長はもともと原子力事業出身で、新経営陣に会長として選ばれた理由が次のようなものであったということです。
「社外取締役のみ5人で構成する指名委員会の委員長(社外取締役)の方は、『記者からなぜ戦犯である志賀氏を会長にしたのか?』との質問を受けて、『たしかに若干グレーだと言われているが、原子力という国策事業をやるうえで余人をもって代えがたい』と説明していました。」(日経BP社「東芝 粉飾の原点」301頁)

こういう原子力事業に精通した人が昨年12月21日の取締役会で、まるでたった今発見したような顔をして「WHで数千億円の損失が発生するかもしれません」ということ自体どう考えても欺瞞としか思えません。おそらく志賀会長こそ原子力事業に伴う隠れた損失を隠蔽するのに「余人をもって代えがたい」人であったのかもしれません。
この隠蔽疑惑を疑惑ではなく確信に近いものにしてくれたのが、2017年2月14日の「2016年度第3四半期および2016年度業績の見通し並びに原子力事業における損失発生の概要と対応策について」というお知らせの添付資料「2.原子力事業における損失発生の概要と対応策」の中の「S&W(現WECTEC)買収までの経緯」という資料です。

これによりますと、そもそもの発端は、東芝の連結子会社であるWEC社が2008年4月から5月にかけてS&W社と組み(以下、コンソーシアムという)米国で4基の原子力発電建設を契約(以下、「AP1000契約」という)したことです。その後、2011年3月11日の福島原発の事故の後米国の原子力発電に対する規制が強化され、このAP1000契約は許認可審査のやり直しを受け、1年遅れで2012年1月に建設運転一括許可を得ています。このため2011年以降、顧客である電力会社とコンソーシアムの間でコスト増の負担・納期変更の協議がまとまらず、訴訟が発生しました。これを巡って、2015年10月にもWEC社に契約上の追加コスト負担が発生する可能性が浮上しました。この事態を解決することを目的にWEC社はS&W社を買収し子会社化することを検討し始め2015年8月にはデューディリジェンス報告書が作成され、それに基づいて買収リスクへの対策が検討されたということです。

つまり、2011年以降、このAP1000契約を巡ってコスト増が発生することが想定され、それを解決するためにS&W社を買収するという解決案が検討され、2015年8月、つまり東芝の室町氏を社長とする2016年6月の株主総会までの暫定経営体制が発足する直前にデューディリジェンス報告書も作成されているという事実があります。そして、2015年10月、つまり暫定経営体制が発足して直後の取締役会でS&W社の買収が決議されているという事実です。この取締役会には伊丹氏が引き続き社外取締役として残った他、新たに選任された6名の社外取締役が出席しています(伊丹氏以外は現任)。この取締役会ではどのような事実が報告されどのような議論がなされたのでしょうか。2011年以降の規制強化によるAP1000契約を巡ってコスト増は議論されたのでしょうか。デューディリジェンス報告書は取締役会で議論されたのでしょうか。この取締役会の議事録は重要です。今後、取締役に対する善管注意義務違反などの取締役に対する訴訟が起こされた場合、この取締役会での各取締役の対応が問題になると思います。

S&W社の買収は2015年12月31日に完了し、顧客との和解も完了したということですがその後次のような経緯をたどります。

2016年4月 建設コスト見積の増加により運転資本調整の必要性が判明。
CB&I社に買収価格調整要求。
CB&I社、WEC社を提訴。(係争中)
2016年6月 東芝株主総会、綱川氏が社長、志賀氏が会長就任
2016年11月 WEC社は見積チームを編成。
WECコーポレート報告が作成される。
2016年12月 WEC社より東芝に報告。総コストの増加は61億ドル。

この経緯をみても分かるように、少なくとも東芝の原子力事業の責任者はWEC社のその金額まではつかんでいなかったかもしれませんが、2011年以降AP1000契約を巡るコスト増については認識していたことは明らかです。この事実が取締役会に対して隠蔽されていたということになるのかならないのか外部者には分かりませんが、少なくとも2015年10月の取締役会でのS&W社の買収の段階では主要な問題は議論されていたはずです。しかも、2016年4月にはこの問題を巡ってCB&IとWEC社の間で訴訟まで起きているにも関わらず、この件が東芝の取締役会に報告されていなかったとすれば室町社長(当時)の責任は重大です。

いずれにしても、東芝の経営陣の隠蔽体質は覆うべくもありません。先述の小笠原記者は、同じ記事でWEC社の1,000億円を超えるのれん減損について「11月27日の記者会見では、室町社長自らが『11月7日の(2015年4~9月期)決算発表の直前に社外取締役に報告した』と述べた。つまり、現在の社外取締役はWH(WEC)の経営環境を知らないまま就任したことになる」と書いています。

最後に、ここで東芝の社外取締役の責任について触れておきたいと思います。そもそも彼らが社外取締役に就任した背景には、粉飾決算、WEC社ののれん減損に対する疑惑、経営者の隠蔽体質などを背景として外部の目を持って東芝の経営を刷新することに資することを目的としたはずです。それなのに、「現在の社外取締役はWH(WEC)の経営環境を知らないまま就任したことになる」と書かれながら、それ以降のWEC社に対する監視を自ら積極的に講じることなくやりすごしてきた責任は大きいと言わざるを得ません。今年2月14日に発表された7,125億円にのぼる損失額も「添付資料に含まれる財務数値は、独立監査人によるレビュー手続き中であり、大きく修正される可能性があります」という注釈がついたものです。つまり、今後何が出てくるか依然なぞに包まれた状態です。

東芝の社外取締役は、WEC社の問題に対して自分たちが社外取締役としてどのように取り組んできたのかあるいは何をすべきであったのかということを社会に公表する責任があると思います。そうでないと、もう社外取締役の必要性など議論されなくなる恐れがあります。

(文責:安田正敏)

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