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ウクライナ侵攻と日本の経済安保 門多 丈

2022年07月25日
ロシアのウクライナ侵攻はグローバル地政学の様相を全く変えた。日本企業の取締役会でも、素材・資源・エネルギーの確保、サプライチェーンの再構築、海外事業の資産没収のリスクの認識、など経済安保の議論をしっかり行う必要がある。

ロシアの侵略によるウクライナの惨状は痛ましいが、軍事、情報・IT、経済・金融に亘る現代の総合戦争の様相を呈している。

今回明らかになったのはNATO(北大西洋条約機構)の戦争抑止力であり、スウェーデンやフィンランドもそれに頼り加盟に動いている。現在の欧州の情勢は複雑で、英国のBREXIT,フランスでの極右派台頭、ハンガリーのロシア経済・エネルギー依存、強権国家のトルコの存在などNATOを支える基盤は盤石ではない。ここまで加盟国が多様になった機構が軍事行動をどのように効果的に行えるのか(最終的には「核のボタン」を誰が押すのか)の課題は残る。トランプ前大統領NATOからの「撤退」をほのめかしたように、米国の関与の程度も不確実だ。

国連の安保理事会や人権委員会が、ロシアのウクライナ侵攻に対し効果的な抑止に動けないように、第2次世界大戦後の世界の統治機構が機能不全になっている。米国が今や「世界の憲兵」ではないのがグローバルな地政学の現実と認識すべきである。

ITや通信技術の威力も見せつけられた。SNSでの刻一刻の戦況の報道など、史上初めての「衆人環視」の戦争となった。衛星を使ったGPSでの偵察やドローンが軍事行動を支える、サイバー攻撃やフェイク・ニュースによる人心の攪乱、など将来の戦争の様相を示唆する。

ドイツなどの欧州諸国にとってはエネルギーを巡る戦争となった。ロシアへの過度なエネルギー依存は見直す方向であるが、ドイツは巨大なインフラであるガス・パイプラインを設置済であり、プーチンの強権政治が終焉した際は「より」を戻す可能性は高い。日本のサハリン・ガスプロジェクトでは、ガスプロム社との合弁事業として、長期購入契約のバイイング・パワーを使いロシア政府の牽制を効果的に行いながら継続するのが現実的な対応となろう。

今後世界の政治は自由、強権、中立の三極体制になると想像されるが、日本にとっては豪州、インド、東南アジア諸国との緊密な外交・経済関係を築くことが特に重要だ。経済安保の点からは、サプライチェーンについては、一層の分散を図ると共に国家間の安全保障が機能する国に重点を置いて構築する必要があろう。その点ではTSMC(台湾積体電路製造)が米中対決を意識し、製造拠点を中国に集中せず、半道体受託製造の工場を熊本に作る構想は注目する。

今回歴史上初めてのグローバルな規模での経済・金融制裁が敷かれた。中国が今回の事態から何を学び、今後どう動くかを注目すべきである。我が国にとっても、中国の台湾侵攻があった場合の、有効な対抗手段となりうるからである。ロシアと違って、中国経済のグローバルな存在の重要さから、いざという時の経済・経済金融制裁は無理で、返り血を浴びるリスクも大きいと考える人もいる。

一方中国にとっても経済・金融制裁の痛手は甚大だ。中央銀行の外貨資産や中国人の海外に持つ資産の凍結やグローバルな輸出市場の喪失と食料・エネルギー資源の輸入の途絶は中国経済にとっては大打撃であり、中国国民はそのような経済の疲弊を我慢できないであろう。

我が国としては、戦争の惨禍や犠牲を避けるためには、大掛かりな経済・金融制裁で対抗することの国民的コンセンサスを形成しておくべきである。欧州が経済安保の配慮を欠きロシアへのエネルギー依存を深めた失敗の教訓からも学ぶべきである。BPやシェルはロシアのエネルギー事業で巨額の資産を放棄した。日本企業も中国での資産凍結のリスクを現実的なものと想定すべきである。サプライチェ―ンの中国以外への分散と共に、中国現地での銀行借り入れや資金調達を活用し、事業のリスク・キャピタルを減らす方策も講ずるべきである。

※ 本記事はニッキンレポート「ヒトの輪」2022年6月27日欄に投稿したものです。


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