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企業経営とデータ・リテラシー 門多 丈

2022年10月17日
DXは経営トップのリーダーシップで進めるべきであり、氾濫するデータを効果的に把握、分析するインテリジェンスと、経営判断に活かすリテラシーが必須である。

政府のコロナ対策の失敗は、DXの不備にもある。データを効果的に集め分析する手法が確立されてなく、検査、診断、治療、入院、看護などのプロセスをデジタルで繋げるシステムもなかった。日本企業の国際競争力の低下は、労働生産性の低下やイノベーションの遅れにあるが、その背景には経営者のデータ・リテラシーの欠如がある。先進国の中で極端に低いと言われる従業員の幸福度や社員の自己変革マインドも、経営トップが状況をデータでしっかり把握していない結果とも言える。 

筆者が名古屋外国語大学の講義で、学生に望む素養として「外国語・国際教養(リベラルアーツ)に併せてデータ・リテラシー」と話したところ、適当な入門書はないかと聞かれた。データ・リテラシーには、
1)「データの収集と選別」
2)「データの分析と理解」
3)「判断、意思決定へ応用」の3つの要素があるが、まずは1), 2)が肝要で、統計データの解析や活用の基本をしっかり学ぶことと、下記の2冊を紹介した。

1) バーツラフ・シュミル著「世界のリアルは『数字』でつかめ」(NHK出版)

英語のタイトルは” Numbers Dont Lie” で、食、エネルギー、環境、技術など時事的、歴史的なトピックのなかで数字に興味を持ち考える、懐疑心を持ち、思い込みを避けるよう教える。「生活の質の向上は乳児死亡率で分かる」、「コロナで注目された致死率では分母を何にするかが問題」、「失業率には何種類かの指数がある」、「風力発電は再生エネルギーとしては重要だが、設備・設置・運転に巨大な化石燃料や資材を使うこととなる」、「電気自動車は本当にクリーンか(製造過程での温室効果ガスの排出、大量の有害物質の重金属の使用)」、など興味深い指摘をしている。

2) ハンス・ロスリング他著「ファクトフルネス」(日経BP社)

著者はスウェーデンの公衆衛生学者で、副題は「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」。データを確認せずに、思い込みで判断する傾向を警告する。冒頭に「現在20億人いる15歳未満の子供は、2100年には?」と3択の設問が在り、正解は「現在とほぼ同数」であり、全体の人口が増えるとの思い込みで大多数の人が間違えることを指摘する。

データ・リテラシーは奥深く、いろいろ経験し試しながら深めて行くものだと思うが、企業経営者には、「判断、意思決定へ応用」が重要であり、ネイト・シルバー著「シグナル&ノイズ」(日経BP社)が参考になる。映画「マネーボール」で有名になったが、米国のメジャーリーグのアスレチックスはデータ・ベースのチーム編成管理手法を導入し、常勝球団に変身させた。具体的にはチーム編成を従来の打率や本塁打数からではなく、局面ごとの出塁率・長打率や選手の知力や精神力分析を組み込んだモデルを使った。著者はその予測モデル「PECOTA」の開発者である。本書では、予測の失敗、成功の事例を刻銘に分析するとともに、間違いを減らす解決モデルを紹介する。 

著者は「予測の失敗」として、多数のシグナルを一つにまとめて危機を捉えられなかった9.11同時多発テロと2007年の国際金融危機を例示する。後者については金融市場関係者が、現実の世界ではなく希望するシグナルに焦点を当てたことを挙げる。筆者も感じたが、この危機の端緒では「モーゲージ市場(サブプライム・ローン)の問題」と事態を過小評価する評価が多数であった。「間違いを減らす解決モデル」としては、著者は「社会通念を信じない」、他が重視しないデータも含む統計的推論を重ねて、予測に関して自分自身のモデルと確率を持つべきと論じる。刻一刻変化する環境の中で確率の見積もりを更新していく手法であるが、まさにビッグデータ時代の膨大な情報量とデータ処理速度を活用してのアジャイル経営にマッチしたものと考える。

※ 本記事はニッキンレポート「ヒトの輪」2022年9月19日欄に投稿したものです。


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