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北極圏の地政学 門多 丈

2023年01月31日
北極の氷解と共に、北極圏を巡り軍事、航行、資源(鉱物、漁業)などを巡り地政学上の緊張が高まっている。中国の動きもあり日本も積極的に関与すべきである。

地球温暖化による氷解やロシアのウクライナ侵攻を受け、北極圏での地政学的な緊張が高まっている。エネルギー・鉱物・水産資源、海洋運航などを巡ってであるが、ロシア、中国の思惑とカナダ、米国、スカンディナビア諸国の権益も関わり複雑である。ロシアのツンドラなど北極圏の永久凍土が溶けると、多数の湖が出現しバクテリアが温室効果ガスのメタンを大量に放出する環境問題も懸念されている。

 北極点の真上から世界を見ると、現在の地政学の諸問題がよくわかる。先日カナダでの国際年金会議で、地元の大学の国際政治学者が北極点を中心に同心円で描いた地図で説明した。北緯66.33度のArctic Circleを辿ると、ロシア、米国(アラスカ)、カナダ、グリーンランド、スカンディナビア諸国がその線上にある。この国々の距離の近さは、メルカトル図法による地図では想像できない。ロシアのウクライナ侵攻で脅威を感じた北欧諸国がNATO加入を急いだ背景も理解できる。グリーンランドは現在デンマークの自治領であるが、独立する動きがある。米国にとってグリーンランドは、対欧州での重要な拠点となりうる。ロシアは歴史的に不凍港の獲得のために南進政策を取っていたが、この方針も変わりうる。北海を挟んで歴史的に北欧諸国に近い英国も北極圏への関心は高い。

 北極圏には豊富なエネルギー・(レアメタルも含む)鉱物資源が眠っている。ダニエル・ヤーギン著「新しい世界の資源地図」(東洋経済新報社)では、ロシアの潜水艦が北極点の海底(水深4300メートル)にチタン製のロシア国旗を立て権益を主張しているとある。同書では北極海沿岸のロシアのヤマル半島LNG基地から欧州や中国への輸出が始まっていることも書かれているが、北極圏の新しい輸送ルートが開拓されているのである。北極の氷が解けたときにヨーロッパとの新しい海路が開けるが、中国は海のシルクロードとして権益を確保すべく手を打っている。グリーンランドの寒村に中国企業が突然来て工業開発の提案をしたが、港湾拠点の構築が狙いであった。スペースXのスターリンクによる衛星通信やブロードバンドのケーブル敷設など、北極を取り巻く地域の通信環境の整備も進んでいる。

 このような緊張の中で関係諸国であるカナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノールウェー、ロシア、スウェーデン及びアメリカ合衆国の8ヵ国が、北極評議会(Arctic Council)を国際協議体として議論や調整を行っている。中国はオブザーバーとして積極的に関与している。日本もオブザーバーであるが、エネルギー・鉱物資源や漁業、間宮海峡などの航行問題など経済安保に関するものであり、中国やロシアの動きをけん制するためにも積極的に関与すべきである。

 Arctic Circleの地図は筆者にとっても「目から鱗」で、人類の歴史についてもいろいろ思いを致す契機となった。古代に人類がシベリアを通リ、ベーリング海峡、アラスカから北米大陸を下り南米まで移動した。紀元1000年ころ、グリーンランドにキリスト教を布教するはずで出かけたヴァイキングの英雄が、航路を間違えて現在のカナダ南東部のニューファウンドランド島に着いた歴史がある。コロンブスよりも早いアメリカ大陸の発見であったのである。アイスランドはヴァイキングの遠征の拠点となり、北米が地中海に航海するのと同じくらいの距離であったことがこの地図では容易に理解できる。1867年にロシアの皇帝アレクサンドル2世がクリア半島戦争の敗北による財政逼迫のため、アラスカを廉価で米国に譲渡したのはロシアにとって痛恨の歴史的な誤りであり、プーチンのウクライナ侵攻の背後にあるユーラシア帝国構想にも影を落としている。

※ 本記事はニッキンレポート「ヒトの輪」2022年12月12日欄に投稿したものです。


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