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ヒトを大事にするのがパーパス経営 門多 丈

2023年05月19日
経営環境が変わるなかで流通業では顧客のニーズに合わせてビジネスモデルを変えていく必要があるが、それを実現するためには人的資本経営が重要である。

「ハート・オブ・ビジネス」(英治出版)の著者のユベール・ジョリー氏は、業績不振にあった家電量販店チェーンの米ベスト・バイ社を立て直した経営者である。同氏はこの経験から「ヒトとヒトの深い繋がりこそがビジネスの核心」との信念を得たと語る。 

同社のCEOを引き受けるにあたり、筆者は現場の店舗売り場を「覆面調査」をした。目撃したのは顧客対応の不十分さと従業員のやる気の無さである。一方ビジネスの可能性としては「消費者向けのテクノロジーにイノベーションが起きており、大きな需要がある。消費者は製品の選択に手助けを求めており、メーカーは研究開発に何十億ドルも注いだ製品を人目に触れさせるために、ベスト・バイ社の広範な店舗網を必要としている」と確信し、大胆な経営変革を行った。具体的にはアップル、アマゾンなどのライバル企業に店舗内店舗(アンテナ・ショップ)を提供することでスマフォなどの電子機器の売り上げを伸ばした。ビジネスモデルを家電の販売のみでなく、サービスやメインテナンスに重点を置くものに変えた。。

 同社のパーパスは、「テクノロジーを通して顧客の暮らしを豊かにする」である。パーパスを軸とした戦略の中で、ベスト・バイ社以外の小売店で購入した製品であってもメインテナンスに応じる「トータル・テック・サポート」と家庭に出向き顧客の相談に応じる「インホーム・アドバイザー」のサービスを導入した。これらの新規ビジネスは顧客満足度を上げにつながるとともに、従業員の生き甲斐(「お客様の役に立っている」)の向上にもつながった。デジタル技術の活用では、家中の家電にセンサーを設置し遠隔で健康状態をモニタリングすることで、高齢者の自宅での生活をサポートするとともに緊急時にスタッフが駆けつけるヘルス・ケア事業も新規にスタートさせた。

 筆者は、利益は業績を測る良い指標では無い、環境コストなどビジネスが社会に与える影響を考慮すべき、株主の期待も変わっていることをのパーパス経営の基本とする。短期の利益重視は、投資を押さえイノベーションを阻害し、従業員や社会を敵に回し企業価値を下げると警告もする。ヒトを大事にするパーパスを、筆者はノーブル・パーパスという。従業員の士気を高め、顧客との関係強化を経営の中核に置く理念である。このパーパス経営の成果は、筆者がCEOを勤めた7年間(201219年)でベスト・バイ社の株価が4倍になったことで実証されている。

 ベスト・バイ社の再建に当たっても、給料以外のコストの削減、福利厚生のコストの最適化、職場内の人事配置転換から取り組み、最後の手段として人員削減をおこなった。筆者は従業員間の繋がりを重視し、個人の夢や「生い立ち」を語り合い親密になることで協力を生み出す場も作った。従業員の個性を重んじ、自己研鑽で強みを磨く努力が可能な環境つくりにも努めた。CEOも含めた上司が部下からフィードバックを受ける、リバース・メンターの制度も導入している。

 現状の米国ではこのようなパーパス経営が必ずしも主流ではないようだ。最近GAFAや金融機関でなどで大量のレイオフが起きている。アマゾンでは18000人のレイオフを行ったが、対象者にはメールでの通知のみで、上司との面談もなかったと報道されている。米国のビジネスラウンドテーブル(BRT)が「株主だけでなく、従業員などのステークホールダーを大事にする」ことを声明した真意も問われている。一方ビッグテックでレイオフされた従業員の8割は、3ヶ月以内に他社に就職しているとの情報もある。ウォールマートのようにDXを急ぐ流通業などの企業がIT技術者を積極的にリクルートしており、スキルを重視する米国の人材市場の活力を感じる。

※ 本記事はニッキンレポート4月17日号「ヒトの輪」に掲載したものです。


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