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日航の再上場と「鶴の恩返し」問題 大谷 清

2012年07月10日
日本航空の9月再上場を前に、一部の政治家から地方路線の復活などを求める声が出ているようだ。国が再生を担った以上、被害をこうむった地方に「恩返しすべし」との理屈らしいが、会社更生法の趣旨を履き違えた乱暴な議論だ。民間企業としての日航がすべき「恩返し」はスリムで収益力の高い持続力ある企業として復活し、顧客に安全で便利な運行を提供し、雇用の拡大や国、地方への納税など、本来の企業経営を通じて社会に貢献していくことだ。
報道によると先ごろ開かれた自民党航空問題PT(プロジェクトチーム)で、一部の議員から「鶴は恩返しすべきだ」との声が出て、国交省も撤退路線の復活や北海道エアシステム(HAC)への追加支援などを日航に要請する方針だという。国の支援で業績回復した以上、撤退した地方路線を復活して恩返しすべし、というのが理屈らしいが、民間企業としての再生を公的に認められた日航に、再び不採算絵路線を抱え込め、という主張はいかにも乱暴すぎる。

会社更生法は一度、経営に失敗した企業にリターンマッチの機会を与える制度で、再生計画が合理的で可能性あり、と司法が認めた場合に限って適用が認められる。日航は人員の3分の1、約1万5000人もの削減やOBの年金削減など自ら多くの血を流した後、稲盛氏の経営指導の下、期待通りに再生し、再上場申請するまでにやっと収益力が回復した。復活への過程では、国内の地方路線だけが切り捨てられたわけではない。

たしかに国の支援を背景にした企業再生支援機構が3000億円を出資して再生計画がスタートしたのは事実。しかしそれは国が航空市場の寡占化は国益に合致せず、JAL再生が必要、と判断したから出資したわけで、赤字の地方路線を維持させるためではない。しかも出資は日航株の再上場と株式売却によって「恩返し」される。

自ら血を流し、必死の経営努力で競争市場に戻ってきた企業に再び赤字路線を抱え込め、などという議論は米国では出ない。米国では連邦破産法第11章(chapter11)のもとでいくつもの航空会社が、何度も倒産、再生を繰り返してきた。チャプター・イレブンで復活してきた企業は、ジェラシーの対象なんかではなく、他の航空会社にとっては新たな経営のベンチマーク企業として、自らが到達すべき目標としてとして扱われる。

自民党PTや国交省の一部に、日航が全日空を上回る財務体質と収益力で復活したことに不公平、とする声があるという。なぜか「日航嫌い、全日空シンパ」の一部のメディアも加わって、せっかく蘇りつつある日航の足を引っ張る動きもやまない。果ては公的支援を受けた企業の業務の拡大を制限するEU(欧州連合)の仕組みの導入を検討する動きもあるようだ。

しかし日航がライバルに恐れられるほどの企業として再生したならば、それはライバル企業にとっては新たなベンチマーク企業が登場したことになる。ライバル企業の経営者は社内にもし、いわれなき不満、不平が心理として漂っているならばそれをを抑え、新生日航という、競争すべき新しい目標に向かって社員を叱咤激励すべきだろう。

航空業界も競争、切磋琢磨によってはじめてさらにグローバルな水準への高みを手にすることができる。不採算路線復活という「鶴の恩返し」は「日本昔話」としてそっとしまっておいてほしい。

(文責:大谷 清)


コメント

更生計画の検証は必要と思います。 門多 丈(実践コーポレートガバナンス研究会) | 2012/07/12 15:11

JALの企業再生は政治がらみで始めた不採算路線の見直しも効を奏しての結果であり、「鶴の恩返し」はいまさらあり得ない話と思います。ここまで来たのもいろいろな合理化や年金給付の減額など経営努力の賜物と思います。

今回の再上場については、別途当初の更生計画との関係で検証すべきと思います。計画の内容や事実関係は調査できていませんが、あまりにも早い再上場の場合は(GMの場合がそうであったように)異論がありえます。特に巨額な債権切捨てを「させられた」(?)銀行とその株主の立場から「過剰な債権放棄であったのではないか」について議論すべきと思います。


無題 名無しさん | 2012/07/12 15:43

大谷さんの説得力のある説明、有難うございます。 
「新たなベンチマーク企業の登場」、という考え方を是非広めてください。

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