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「演劇批評」型報道とメディアのガバナンス 大谷 清

2012年07月13日
ジャーナリズムは「theater criticism」に陥りやすい、と喝破したのはポール・クルーグマン教授だった。米国大統領選を引き合いに出して「選挙」「政局」の行方をあれこれ占う報道ばかり多くて候補者の「政策」の地道な検証が少ない、と警鐘を鳴らした。最近のオスプレイの配備・事故報道などもその例外ではない。メディア各社は、読者にその判断に必要で有益な情報を届けるという目的に沿って報道がされているかを検証する機関を持っている。にもかかわらず一向に「演劇批評」型がなくならないのは残念な限りである。
オスプレイ報道に接していて思い出すのは6年以上前の肺がん治療薬イレッサ報道である。副作用による死亡例が643人に達したという報道のみが強調され、「イレッサは危険な薬」、との受け止め方が広がった。こうした報道に対し、当時の東大医科学研究所の中村祐輔教授(現シカゴ大学)が「いつも奇異に思うのが、分母(イレッサを服用した患者数)の記述が無いことである」(日経メディカルオンライン、2006年4月27日)と指摘した。オスプレイ事故の報道でも、安全性に関しては分母(飛行回数、時間など)の記述と他の機種との相対比較など、冷静に判断するための情報が少ない。

民間医療と違って国防上の高度な機密だからデータは出てこないのかもしれない。しかし公表されている情報からでも、専門家を駆使して技術的分析を加えることは可能なはず。そうした努力と調査報道の成果こそが、配備を進めようとする政府、安全性への懸念を理由に反対する沖縄県など、対立する立場の人々双方にとって役に立つ。オスプレイ配備と日本の安全保障上の議論を別にしても、メディアにはまずやるべきことがあるように思う。

民主党の分裂をめぐる報道はまさしく「演劇批評」型報道の典型だ。誤解の無いように申し添えるが、クルーグマン教授も演劇批評を批判しているのではない。演劇においてそれぞれの役者がどう演じるか、そのパフォーマンスのよしあしを問う行為はきわめて専門的で文化的に大切な行為である。問題は政治や経済報道においては政治家や行政官、経営者などの「役者」の発言の根拠とその当否を検証する行為が不可欠だということだ。

にもかかわらず民主党分裂劇の報道においては消費税10%への引き上げがなぜ必要なのか、消費増税なしに財政再建が可能だとするグループの主張に根拠はあるのか、10%に引き上げても尚、社会保障の維持と日本国のバランスシート改善にどんな課題が残るのか、などの客観的な報道が極端に少なく、党の分裂と飛び出したグループが政局にどんな影響をもたらすのか、に大量の紙面と電波が費やされている。心ある読者は分裂劇や政界再編劇の「役者」の演じ方にさほどの関心は無い。深い関心を寄せているのは日本国を再成長させるためのP/LとB/Sであり、それを改善するにはどんな政治的能力が必要か、だ。

尖閣諸島問題でも読者はまず日本、中国、台湾のそれぞれの主張の根拠を知りたがっている。それぞれの主張がどんな歴史的経緯、戦後処理、条約などを根拠にしているのか、をまず頭に入れた上で、自分がもし日本の外交を任されたらどんな主張をどのように展開して国益を守るべきか、を考えていく。そのプロセスに役立つ情報を求めている。外相同士のバーバル(口頭)な主張の応酬だけを報道されてもあまり役に立たない。

メディアは広く目に付きやすく、話題にしやすいため、批判にもさらされやすい。有形無形の影響力が大きいため、批判を受けやすいのはそのコストともいえるが、だからこそ経営と編集にしっかりしたガバナンスが求められる。主要なメディアは社外の有識者を組織して、経営や編集のガバナンスを利かせようと努力している。社外監査役に企業経営者OBを招いたり、紙面審査委員会やアドバイザリー委員会に学者、経営者、IT専門家などを組織して自己点検を強めてきてはいるが、残念ながらその効果は未だし、といわざるをえない。

報道の自由を守ることと、報道の質を改善することはまったく別である。報道の質を改善するためには日々の紙面の質に踏み込んだ議論とガバナンス体制の構築、運用が必要なのではないか。でなければ読者はますますネットの世界に入っていって自らの手で必要な情報を探し出し、紙や映像から離れていくだろう。メディアOBの一人として、深い自戒を込めながらそう思わざるをえません。

(文責:大谷 清)


コメント

健全な懐疑心が必要ということとですね。 門多 丈 (実践コーポレートガバナンス研究会) | 2012/07/15 12:50

政治家も、ジャーナリストも、国民も健全な懐疑心が必要ということと思います。それが民主主義を支える力になると思います。 

経済、金融分野での新聞の論調はデフレ脱却には日銀の一層の金融緩和を促すものが多いのですが、一方大々的に報じているギリシアなどの国家債務危機が安易な財政・金融政策の結果であることとの整合性がありません。また史上最高水準にあると言われる日銀の当座預金残高を考えれば、金融緩和しても民間に 
効率的に資金が流れるかは疑問である(別の問題がある)ことの考えにも至っていないようです。

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