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ホームズ判事の言葉と最近の「著名事件」 大谷 清

2012年04月23日
「Great cases make bad law」--- 米国最高裁のホームズ(Oliver Wendel Holmes Jr.)判事の名言である。大事件はメディアの報道などを通じて人々の異常な関心を引きつけ、感情に作用して判断を歪め、時にはそれまで明確だった法の原則までもが曲げられてしまう。20世紀初頭の知性はすでに大事件後のポピュリズムへ警告を発していた。
オリンパス、大王製紙、AIJ事件など世間を騒がせた事件を契機に会社法改正の動きが高まっている。民主党は来年の通常国会に会社法制の改革案を提出する準備を進めている。これらの事件を受けて①上場企業に社外取締役の積極的な活用を促す②その方法として法律で義務付けるのではなく、東証の上場ルールに盛り込むソフトローとする③会計監査人の選任・報酬決定権を監査役会の権限に移すことが望ましい、などが主な内容らしい。

自民党も企業統治改革案を提言している。①社外取締役を機能させるために「公益通報制度」を活用する②「飛ばし」などの不祥事を明るみに出すために一定の免責特権を付与したリーニエンシー制度を導入する③社外取締役の人数は複数が望ましい、などがその内容のようだ。

いずれも社外取締役や監査役の経営チェック機能の強化で不祥事の予防を図ろうという狙いだ。たしかに凡庸な役員でもいったんトップになった途端、その周りにイエスマンや茶坊主が取り巻き、有能な異端が排除されてしまう、のがいまだに多くの日本企業の姿だし、たまさか有能なリーダーが選ばれたとしても長くトップの座に座り続けるうちに似たような弊に陥る例は少なくない。

したがって少なくとも経営トップの交代にはボード内第三者、たとえば社外取締役などの独立役員で構成する指名委員会の推薦と指名、というプロセスを制度化するのはアイデアだろう。凡庸なトップから凡庸なトップへの私的な「禅譲」や保身などを許さない点ではある程度の効果は期待できるかもしれない。そもそも次の成長の担い手を託そうとする人事案を第三者に説明、説得できないようでは、執行部のリーダーシップの力量が知れるし、企業の成長も期待しにくい。

しかしここでの落とし穴は、制度を変えたからといってその趣旨が実現するわけではない、ことだ。「仏作って魂入れず」はこれまでの歴史が証明するところでもある。制度化された形に縛られるあまり、肝心の企業の成長が忘れられてしまうようでは、後世からその制度改革は「悪法」とみなされてしまう。法改正のたびに権限が強化されてきた監査役が、果たしてそのねらいどおりに機能しているだろうか。

肝心なことは制度改革をシンプルなものにとどめ、取締役、監査役がその権限と義務を自覚し、法の精神に則って行動できるよう自己啓発することではないか。現行の会社法の下でも、社外であろうと社内であろうと取締役には相互に監視しあう義務が規定されている。監査役には取締役の行為を差し止める権限が与えられている。それぞれの取締役、監査役が取締役会、監査役会で忠実にその権利と義務を実践すれば、おのずと取締役会は緊張感のあるものになるはずだ。

大事件は法律的に重要なゆえに大事件とされるのではなく、世間の異常な関心によって著名な事件になるケースが多い。制度改革の動きの影で、株主や社会の負託にこたえるプロフェッショナルな経営人材の育成が忘れられてはならない。学生時代に習ったホームズ判事の言葉は、そう解釈できないだろうか。

(文責:大谷 清)


コメント

年金基金の理事会レベルでの自己研鑽が必要ですね  門多 丈(実践コーポレートガバナンス研究会代表理事) | 2012/04/25 09:11

年金運用でもAIJ/年金消失事件があったため、後ろ向きの規制強化の動きが出ています。まずは年金基金自身が受託責任を自覚し、リスク・リターンを考慮した上での資産配分や、専門性の高い独立系投資顧問会社の活用をし効率的な運用のためを目指すことが重要です。
投資の判断能力の向上のための自己研鑽に努め、内部統制の充実と年金基金の理事会レベルでの自己規律の強化に努めることが大事と思います。

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