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世界で最も価値のある会社Appleとガバナンス 大谷 清

2012年04月02日
ウォルター・アイザックソン氏のベストセラー「Steve Jobs」によると、時価総額世界一に躍り出たApple社の取締役会は、強烈なカリスマ経営者に導かれた、米国や日本の常識に照らせばきわめて特異で例外的なガバナンスだったようだ。
数多くの人へのインタビューを元に仕上げられたこの本によると、創業者でかつカリスマ経営者のジョブズ氏が、取締役会との間で「追うか、追われるか」と鋭く対立した場面が何箇所か出てくる。

最初は自ら開発した画期的なコンピューター「マッキントッシュ」の売り上げがピークアウトし、下降線をたどり始めた1985年、Apple社の最初の経営危機だ。このとき、ジョブズ氏は30歳。取締役会は彼をマック事業の責任者からはずし、ペプシコから社長として招聘していたジョン・スカリー氏に経営執行の全権を与える。ジョブズ氏は権力闘争に破れ、会長という名だけの閑職に追われる。教科書的に言えば堅実な再建に向け、堅実な経営者を選んだということだろう。しかしあのとき、ジョブズ氏を追放したことがApple社にとっていい決定だったかどうかはわからない。

2番目は、ジョブズ氏なきあとのApple社が案の定、平々凡々な会社におちいり、売り上げが前年比30%も落ち込んだ1997年、第2の経営危機だ。このとき、取締役会はCEOのジル・アメリオ氏を解任し、Pixerの社長としてコンピュータグラフィック技術を駆使してアニメ映画に革命をもたらしつつあったジョブズ氏を呼び戻した。夫人、子供、孫とピクニックに行く朝、取締役会の代表者がロンドンから電話でアメリオ氏に引導を渡す場面は、いかにもアメリカ型ガバナンスの面目躍如たるところが伝わってくる。

しかしもっと興味深いのは次の場面である。呼び戻されたジョブズ氏は顧問として出社した最初の日に電話会議による取締役会を招集し、自ら練り上げた再建案を説明した後「承認するか、承認しなければ退社する」と迫る場面だ。取締役会は「審議に2ヶ月はほしい」と訴えるが、「株価の下落で優秀な技術者たちが辞めていく、とどめるにはストックオプションの組み直しが喫緊の課題だ」と一歩もひかないジョブズ氏に結局、押し切られ、翌日、承認する。「顧問」に「取締役会」を招集する権限ありやなしや、もさることながら、再建案をわずか1日で承認しろ、と迫るのも異例だ。

再建策の承認を勝ち取ったジョブズ氏はこんどは取締役会に対し「一人を除いて全員辞任してもらう、でなければ私は翌週から出社しない」と迫る。著者のアイザックソン氏は「ジョブズは彼ら(ボードメンバー)を追放できると感じていたし、実際、それだけの力を持っていた」と書いているが、一人の執行役員(にすら正式にはまだなっていない人物)が取締役会のすげかえを強要する、すさまじいまでの迫力である。

結果は辞任を求められた全員が辞任していくが、その中の一人に1976年の創業時にベンチャーキャピタリストとして25万ドルの資金を保証して成長を助けたマイク・マーカラ氏がいた。ジョブズ氏はマーカラ氏に対してだけはわざわざ自宅まで赴き、礼を尽くした、と描かれている。マーカラ氏はスカリー側にたってジョブズ氏の追放に加担した人でもある。ジョブズ氏のウエットな部分がうかがえる。

さらにガバナンスの視点からの圧巻は、新しい取締役会メンバーを人選した際、ジョブズ氏は元SEC(米国証券取引委員会)委員長のアーサー・レビット氏にいったん声をかけながらのちに突然、電話で断った、場面である。その理由はレビット氏がある会合でコーポレートガバナンスについて「取締役会は(CEOに対して)強力で、かつ独立した役割を担うべきである」と述べた講演録を読んだためだった、と著者は言う。レビット氏はジョブズ氏から「あなたの指摘はある会社には適切かもしれないが、Appleのカルチャーには適さない」と説明された、と証言した上で、「Appleの取締役会はCEOから独立して行動するようには設計されていないようだ」と著者に語っている。

昨2011年10月、世界中の人々から惜しまれながら56歳で亡くなったジョブズ氏は、米国型のコーポレートガバナンスに対する考え方でもきわめてユニークな考え方と実践を貫いた人だった。ガバナンスは制度を墨守したり、不祥事が起きたからといっていじってみても、それが必ずしも会社の成長を保障するわけではない。独裁的な指導力を発揮して革新的な製品やサービスを立て続けに世界に送り出し、GE、エクソンモービルなどの巨大企業をしのいで世界一価値ある会社を作り上げたジョブズ氏とApple社のガバナンスは、そのことを教えている。

「Stay hungry, stay foolish」、スタンフォードの卒業式で、とかく楽な道を猛スピードで走ってエスタブリッシュメントをめざしがちな若者たちに送ったジョブズ氏の言葉は、ガバナンス問題の奥の深さをも示唆している。

※ 参考文献:Steve Jobs by Walter Isaacson(Simon&Schuster,2011)

(文責:大谷 清)


コメント

ジョブス氏なりに取締役会を尊重していたのでは? 門多 丈 | 2012/04/03 10:43

CEO・創業者と取締役会の関係を考える上での興味あるエピソードと思います。このようなやり方はジョブス氏のワンマンではないかとか、コーポレートガバナンスでは強いCEOの場合には強い取締役会」言われることとの関係でどうか、の点での疑問はありうるかと思います。
ただ彼の場合は企業戦略をしっかり持ち事業推進の決意は固いので、株主の強い支持がある(納得しない株主は株を売る市場の仕組み)ことの良さがあったと思います。また今後何年かのうちには自分の理解を越えた環境や変化があるかもしれないと彼が考え、その時に自分にはない角度からのアドバイスし、支えてくれるボード・メンバーを厳選した可能性もあるかと思います。
懇願して就任してもらった経営陣、ボード・メンバーに一度は追放された経験があるジョブス氏ですが、(これに懲りず)会社の企業・事業戦略、成長のための取締役会のあり方を真剣に考えていたと言う証左になるかと思います。

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