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ウォールストリートに記憶喪失症? 安田 正敏

2012年03月18日
2008年3月にベア・スターンズが破綻し、この破綻が世界的な金融危機に広がって行ってから4年が経ちましたが、ウォールストリートにはその記憶を失っている人が増えているようです。それを示唆する新聞記事を2つ紹介します。
3月になって気になる記事を2つ読みました。一つは、3月1日付のウォールストリートジャーナルにガイトナー財務長官が投稿した「Financial Crisis Amnesia(金融危機の記憶喪失)」という記事です。もう一つは、ニュートークタイムズにゴールドマン・サックスの幹部であるグレッグ・スミス氏が退職する日の3月14日に投稿した「Why I am Leaving Goldman Sachs(なぜ私はゴールドマン・サックスを去るのか)」という記事です。

ガイトナー財務長官が個人的にこういう新聞記事に投稿すること自体、米国の金融改革法(The Todd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)に反対する勢力が、数億万ドルという巨額のお金を使ったロビー活動や新聞への投稿などにより勢いを増していることに対する彼の苛立ちを示しています。これを彼は「金融危機の記憶喪失」に陥っていると非難していいます。

これに対してもう一つの記事を読むと、ウォールストリートを代表するロビー活動の中心である投資銀行ゴールドマン・サックスの内部の状況を窺い知ることができます。彼はゴールドマン・サックスを去る理由を、端的に言えば、「会社の環境はこれまで見たこともない致命的かつ破壊的状況になっている」、「(この会社で働くことに対する)誇りも信条も失ってしまった」としています。また、「会社のモラルの質の低下は長期的にこの会社が生き残ることに対する唯一で最も深刻な脅威となっている」と指摘します。その最大の原因は顧客を食い物にした会社利益の追求がこの会社の行動原理のようなものになっているということです。彼はこの12ヶ月で5人のマネージング・ディレクターが自分の顧客を”muppet”(操り人形)と読んでいるのを目撃した」とその証拠を挙げています。そして三つの行動原理として、a)会社が切りたがっている株やその他の金融商品を顧客と取引して利益を上げること、b)“象狩り”、つまり、それが何であれ会社に巨額の利益をもたらす取引を行う顧客を見つけてそれを実行すること、c)どのように非流動的で不透明な金融商品でも顧客と取引すること」を具体的に挙げています。

さすがにゴールドマン・サックスも会社として反論しているし、どこまで真実かは部外者からは窺い知ることはできませんが、彼が同社のヨーロッパ、中近東およびアジアの米国株デリバティブ部門のトップであったことを見るとまんざら全てが嘘であるとは思えません。従って筆者には、ガイトナー財務長官が指摘する「金融危機の記憶喪失症」がウォールストリートに流行する兆しがあるように思えてなりません。また、スミス氏の投稿と同じ日にワシントンで講演した金融規制改革の提唱者のボルカー元FRB議長も、スミス氏の寄稿を読みゴールドマン・サックスの変質の指摘に同意したという報道もあります。

2008年3月にベア・スターンズが破綻し、この破綻が世界的な金融危機に広がって行った当時、投資銀行の巨額の利益と経営者・幹部の巨額の報酬が社会の利益に十分に貢献したことに対する見返りであるのかどうかについて大きな疑問が出され、この疑問への取り組みとして、英国ではウォーカー・レビューが公表され、米国では金融規制改革法がつくられました。社会経済のインフラとしての巨大な金融機関の経営の破綻が国境を越えて破壊的な損害を各国経済にもたらしました。4年という時間の経過がその記憶を人々から消し去ろうとしているならば、もう一度時計の針を巻戻して記憶を取り戻すことが必要です。

(文責:安田正敏)

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