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ステイクホルダーに係るリスクの非対称性について 安田 正敏

2011年04月13日
いったん危機管理に失敗すれば、不特定多数の人々に甚大な損害を負わせる可能性のある企業については、明らかにそれぞれのステイクホルダーが曝されているリスクに極めて大きな非対称性があります。このような企業については、株主の利益を保護するという観点からコーポレートガバナンスを語ることはできないのではないかと思います。
東関東大震災の発生から昨日で1ヶ月経ちました。この間、人生観が変わる未曾有の出来事が起きて頭の中が混乱し、ブログへの投稿も気がつくと1ヶ月以上空白となっていました。ここにきて少し混乱も収まりかけてきたので一文書いてみることにしました。

この間の出来事と私どもの活動を関連付けるものといえばやはり東京電力の危機管理の失敗とコーポレートガバナンスのあり方でしょう。外部者にはマスコミによる報道と東京電力の開示情報以上の情報は入手できないため具体的な点についてのコメントは避けて、この問題に係る一般的な問題について触れてみます。
それは、リーマン・ショックの場合に感じた疑問と共通の問題です。つまり、ひとつの企業の危機管理の失敗が、国際的な領域にまたがる信用創造システムというインフラ機能を毀損して世界経済を危機に落としいれたり、原子力発電の管理の失敗が近隣諸国を含む極めて広域の住民や企業を放射線被害や経済自体を麻痺させてしまう危機に陥れるような企業については、株主の利益を保護するという観点からコーポレートガバナンスを語ることはできないのではないかということです。

何故ならば、このような企業においては、明らかにそれぞれのステイクホルダーが曝されているリスクに極めて大きな非対称性があるからです。つまり、リーマンブラザーズの場合も東京電力の場合も株主のリスクは最大限その投資金額に限定されます。しかしリーマンブラザーズの場合は、金融不況を通じて倒産したり、職を失った人々や金融システムの救済という名目で税金を投入することを余儀なくされた納税者の負担には予め定められた限度がありません。東京電力の場合は、放射線被爆による健康への被害、環境汚染による農業や漁業への被害など想像を絶する被害に国民は曝されているのです。

それではこのような企業についてどのような形のコーポレートガバナンスが必要かという点について聞かれると筆者としても明解な答えを持っているわけではありません。リーマンショックの場合もコーポレートガバナンスについてはいろいろ議論されましたが、結局は金融改革法で外部からの監視を強化しながらコーポレートガバナンスについても一定の変更を求めるという形に落ち着きました。しかし、基本的なところはあまり変わっていないように思えます。

いったん危機管理に失敗すれば制御不能になる原子力発電を管理する電力会社のコーポレートガバナンスについては現状でも大きな疑問があります。たとえば、放射線で汚染された水を大量に海に排出するという前代未聞の愚行について東京電力の取締役会はどのような議論を行ったのでしょうか。もちろん、この愚行は東京電力だけの判断でなされたものではないかも知れませんが、筆者は少なくともこの点についての取締役会での議論は開示されるべきだと強く思います。少なくとも、外国の人たちも含む不特定多数の人々に深刻なリスクを負わせるこのような行動に係る議論について責任をもって国民に説明する必要があるし、それをさせるようなコーポレートガバナンスのかたちをつくる必要があると思います。

(文責:安田正敏)

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