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ROEがすべてではない 門多 丈

2023年11月15日
今日のコーポレートガバナンスの課題は、資本コストの意識と企業価値の向上の経営に努め、開示や対話を通じて 投資家の信認をいかに得るかに軸足が移って来ている。
日本のコーポレートガバナンスの議論は、企業価値の向上と資本コスト重視に焦点が絞られてきた。その中でROEについての考えを整理しておくべきである。かつて日本の企業や金融機関の経営は、売り上げ、利益拡大至上主義で資産や資本の適性サイズについての認識は希薄であった。それがバブルの原因にもなったが、そもそも資本の効率や経営資源の適切配分という考えが根ついていなかったからである。海外の投資家の日本株保有の上昇も背景に、コーポレートガバナンス改革の口火となった「伊藤レポート」で、経営目標としてROE8%が提起された。メッセージとしては迫力があったが、実践上は幾つかの問題を含んでいた。産業、企業、業態で資本のコストが違うはずであるが、それが捨象され8%が絶対視された。CAPM(資本資産価格モデル)理論によれば、資本のコストは、無リスク長期金利のレベルに影響されるが、その配慮もない。

ROEのみでの企業のパフォーマンス評価を行う場合の落とし穴には、下記のようなものがある。

  1. 短期の足下の利益のみを対象にしており、フォワード・ルッキングでない(分母も分子も現在の数字である)。企業の成長性、将来の利益の伸びは計算に入っていない。
  2. 各企業の固有のビジネスリスクを考慮すべきで、当該企業の資本のコストとの比較で評価すべきである。
  3. 事業ポートフォリオ戦略に於いて、多様な業種で事業を行う会社の場合、事業ごとの収益性を評価するための資本のコストやリスクが異なり、企業全体のROEでの管理は合理的でない。
既に議論になっているが、ROE至上の企業経営の弊害は大きく、次のような問題がある。

  1. 経営者の報酬が業績リンクの仕組みになっている場合、高いレベルの利益を狙うなかで経営陣が過度のリスクテイクをとるモラルハザードが起こりうる。リーマン・ブラザーズや最近のシリコンバレー銀行の破綻がその象徴である。
  2. 経営陣が成長のための必要な投資を行うよりも、目先のROEにこだわり資産の売却や圧縮、配当や自社株買いなどを重視し、長期的な成長の企業価値の向上のための施策を怠る場合がある。
企業経営の目的と投資家の期待は、企業価値向上であり、企業価値は収益性と成長が支える。収益性はROEと株主コスト、ROIC(投資資本利益率)がWACC(加重平均資本コスト)を上回る利益を達成しているかで評価される。継続的な成長によってキャッシュが増加する。企業価値はその収益の予想キャッシュフローを割引くことで算出される。事業ポートフォリオ重視の経営では、リスクの異なる事業部門の収益性、将来性をROICで測った事業価値で評価されるべきである。
長期的な視点の投資家が持つ株式投資のパフォーマンス尺度はTRS(total return to shareholders;総株主利益)であることの理解が重要である。投資家は株価の上昇と配当金を組み合わせた、株主へのトータルリターンで期待し、評価するということである。それが現在のPBR重視に繋がるが、PBR改善のためには、単なる株価の引き上げではなく、企業価値向上のための戦略、施策、リスク管理に焦点を当てた取り組みをすべきである。将来の業績を予想して算出される企業価値には不確実性(予想キャッシュフローのブレ)が存在するが、そのリスクは適切なガバナンスで縮小する。

このように想定される企業価値を株式市場が適切に評価し、それが株価に反映されるかがPBR改善の鍵である。そのためには戦略や競争力などの適切な開示とIRが重要である。統合報告書が、企業価値の向上を志向する経営の意思(aspiration)を、パーパス、ミッション、戦略、施策で語り、その実現可能性やリスク管理について投資家などのステークホルダーの信頼を得る有効な手段となる。

※ 本記事はニッキンレポート10月9日号「ヒトの輪」に掲載したものです。

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