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投資銀行の凋落 門多 丈

2011年01月05日
A.R.ソーキン著「リーマン・ショック・コンフィデンシャル」で書かれている投資銀行やAIGの破局の根源には、企業としてのミッションの喪失と経営のコンシステンシーの欠如があった。
正月休みにA.R.ソーキン著「リーマン・ショック・コンフィデンシャル」(早川書房)を読んだ。2008年9月15日の週末に同時並行的にまた複合的に起こったリーマン、メリル、AIGなどの経営危機を取り上げている点からは、この和訳の題名はミス・リーディングである(原著のタイトルは “ Too Big To Fail ” )。危機の展開を極めて凝縮する形で叙述し、現場の息詰まる緊張感も良く伝える著作である。

まず読後に思ったことは事件の渦中での財務長官ポールソン氏の存在である。リーマンの破産申請やAIGの救済で批判されているが、投資銀行の経営を熟知し保険会社、ヘッジファンド、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を理解した同氏でなければ危機そのものに対処できなかったと思う。(前任の長官であったスノー氏であったらどうであったかを想像すれば明らかであろう)。

リーマン危機での投資銀行やAIGの破局の根源には、企業としてのミッション(使命)や理念の喪失と経営のコンシステンシー(体系的であり、一貫性がある)の欠如があったと思う。企業の事業や成長を支える金融として株式や債券の発行を引き受け、それを投資家のニーズにあうように販売することに投資銀行の本来のミッションがあったはずである。それが複雑で不透明なリスクも内包する金融商品の販売競争に巻き込まれ、大胆な自己勘定での投資にのめり込んで行った。保険会社であるAIGでもCDSなどの金融派生商品ビジネスが収益やリスクの大部分を占めるようになっていた。

このような投資銀行の状況の変化は、80,90年代にモルガン・スタンレーなどから始まった投資銀行がかつてのパートナーシップ組織から株式会社化し、株式を公開したことに起因すると思う。極端なリスク・テークについては相互に牽制するパートナーシップの良き風土からの変容が起こった。経営者が高いROEと目先の収益を重視し、顧客のリスクを軽視した証券化商品などの金融商品販売業務や極端なレバレッジ(借入債務)依存の経営に変化した。極端な言い方をすればこの危機の時点では、投資銀行はヘッジファンドそのものとなっていたのである。

投資銀行とは30年ほどの付き合いがあるが、この本を読んでその経営組織の著しい変化には驚いた。メリルが「身売り」のため、ある投資銀行と面談した際、その投資銀行の幹部(偶々メリル出身の仁)は、出席したメリルの最高幹部の誰もが在籍が10ヶ月以内であることに気がつき唖然とした、というエピソードが書かれている。メリルの「伝統」に対する尊敬はこれらの幹部からはみじんも感じなかったとの感想を述べている。かつてモルガン・スタンレーなどの名門投資銀行は「ブルー・ブラッド」と言われ、終身雇用に近い緊密な組織を誇っていた。このような目まぐるしい経営陣時の異動(株主の圧力と経営人材の高報酬狙いが背景)が経営のコンシステンシーを無くし、リスク管理も甘くした。(皮肉なことであるが今回の金融危機対応ではゴールドマンサックスのOBの活躍が顕著である。財務長官、NY連銀やSECの幹部、投資・商業銀行のトップとして数多く散らばっていた)。

この本の随所で投資銀行経営者や社外取締役の資質の低さを感じた。リーマンのファルドCEOやメリルのセインCEO(いずれも当時の肩書)は1998年に起こったLTCM事件(過大なリバレッジと資産売却困難による流動性危機で破綻した債券・デリバティブの投資ファンド)の際に、NY連銀の呼びかけでLTCM救済に参加した銀行側の交渉当事者であったという。彼らが過去の教訓を生かすことも、将来起こりうるリスクについてのシミュレーションも行っていなかったことは歴然としている。

(文責:門多 丈)


コメント

short term greed vs. long term greed 坂元 亮 | 2011/01/07 11:11

某投資銀行は毎年のパートナー報酬を次年度に一括しては支払わず、各人ごとにアカウントを設けて振り込み、引き出しは5年ごと3回に限定、毎年の引き出しは生活費程度(といっても相当な高額だろうが)に抑えるという仕組みを、IPOまでは採用していたという。極端に言えば1年で猛烈に稼いで食い逃げする「short term greed 」を許さず、少なくとも回収に15年はかかるという「long term greed 」を促して、会社の長期にわたる成長を支える、という長い伝統と経験から生まれた知恵だったのだろう。IPOで報酬も単年度主義になった結果、経営の基本も変質したのかもしれない。

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