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日本産業の復活とコーポレートガバナンス 安田 正敏

2010年09月02日
経済産業省は「産業構造ビジョン2010」成長戦略の中で打ち出している政策提言のひとつとして、中長期・グローバル市場に配慮したM&Aの環境整備をうたっています。しかし、過去の大企業のM&Aが必ずしも成功しておらず、その大きな原因のひとつは、組織の簡素化、経営の効率化よりも、統合後の経営陣の人事のバランスをとる、いわゆるたすきがけ人事のために、事業統合が迅速な意思決定による競争力の向上や収益力の向上に結びついていないことです。
門多氏の8月31日のブログ「『策があるのに鈍すぎる』のは企業経営者」を読んで、今年6月に経済産業省が発表した「産業構造ビジョン2010」(注)で述べられている日本企業の競争力回復が遅々として進まないことにも、門多氏の指摘が当てはまるという実感を強く持ちました。この報告書は、日本産業の現状に対して悲しくなるほどの否定的な分析をしたうえで、どうすれば日本産業を復活させるかという提言をしています。膨大な資料なのでこの場で全ての論点に言及することは出来ませんが、興味をもったひとつの点について論じてみたいと思います。

この報告書によると、日本の所得の拡大は一部のグローバル製造業に依存し、中でも2000年から2007年までの名目GDPの増分13兆円のうち6兆円が自動車産業の貢献によるものだとしています(日本産業一本足打法論)。また、2001年度から2007年度までの日本企業の経常利益の増分25兆円のうちグローバル製造4業種(輸送機械、電機、鉄鋼、一般機械、)が36%(9兆円)を占めているとしています。ここで問題となるのが、これらのグローバル企業の収益性が極めて低く、海外競争相手の半分以下ということです。その主たる原因は、日本の産業構造が極めて競争的で、つまり、ひとつの市場に多数の企業がひしめきあって競争し、グローバル市場の決勝トーナメントに出る前に国内予戦で疲弊しまっているということです。

この状況を是正するために、成長戦略の中で打ち出している政策提言のひとつとして、この国内予選を回避するために競争政策のなかで「中長期・グローバル市場に配慮した企業統合審査への転換」をうたっています。また金融戦略の中でも、「グローバル市場に配慮した企業統合規制(審査手続および審査基準)等の検証と必要に応じた見直し」、「M&A等の組織再編手続の簡略化・多様化のための措置のあり方の検討」が提言されています。要するに、海外のグローバル企業と対等に競争するために国内予戦はやめて一致団結(M&A等による企業統合)してグローバル市場の決勝トーナメントへ出場できるような環境整備を行うことを提言しているわけです。

しかし、この政策は特に目新しいものではなく、ずいぶん前にこのような政策が採用され巨大な企業が生まれた例があります。ひとつは金融産業です。その結果、かつての都市銀行は3つのメガバンクに生まれ変わりました。果たして、日本のメガバンクはグローバル市場の決勝トーナメントでベスト4に残れるだけの力をつけることが出来たのでしょうか。金融の世界では今回の金融危機で欧米の銀行のバランス・シートが著しく毀損し、いわゆる敵失で日本のメガバンクの相対的なパフォーマンスは高まったように見えますが、銀行自体の収益力やグローバル市場での競争力が高まったようには思えません。また、製造業では、半導体産業が、この政策をとりました。2003年4月に日立製作所と三菱電機の半導体事業がルネサステクノロジーとして事業統合されましたが、世界の半導体市場での覇者となることはできませんでした。そのため、今年4月には、半導体市場でより強い競争力をもつ企業をつくるため、NECエレクロニクスとルネサステクノロジーが合併してルネサスエレクトロニクスが設立されました。

新しい会社の業績についてはこれからの結果を見る必要がありますが、このような大企業のM&Aが必ずしも成功しない大きな原因のひとつは、M&A後の新会社の組織とコーポレートガバナンスのあり方にあるのではないかと筆者は推測します。つまり、組織の簡素化、経営の効率化よりも、統合後の経営陣の人事のバランスをとる、いわゆるたすきがけ人事のために、事業統合が迅速な意思決定による競争力の向上や収益力の向上に結びついていないことです。

経済産業省の提言するようなM&Aの環境整備が実現されたとしても、企業経営者の意識と行動が変わらなければ、日本の産業はグローバル市場での覇者として復活することは難しいでしょう。「策があるのに鈍すぎる」状況を一刻も早く変える必要があります。

注:この報告書はhttp://www.meti.go.jp/committee/summary/0004660/で入手できます。

(文責:安田正敏)

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