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コーポレートガバナンス格付(最終回) 安田 正敏

2010年07月21日
米国のコーポレートガバナンス格付を行っている主要な4社、GMI、ISS、S&P、TCLのサービス内容について概略を紹介してきましたが、今回はその格付けの方法と利用者について見た上で、これらの格付けサービスに対する批判について紹介します。
米国のコーポレートガバナンス格付を行っている主要な4社、GMI、ISS、S&P、TCL(注1)のサービス内容について概略を紹介してきましたが、今回はその格付けの方法と利用者について見た上で、これらの格付けサービスに対する批判について紹介します。

まず、格付の方法については、スコアのつけ方にはGMIやS&Pのような1-10(1:最低、10:最高)のスケールとIISのような0-100(0:最低、100:最高)スケールという違いがありますが、S&Pを除く3社の共通点は、調査した対象企業全体に対する個別企業の相対的な評価となっている点です。S&Pの場合は、S&Pの独自の基準に基づいて1-10の格付をしています。S&Pを除く3社は調査企業全体に対する個別企業の相対的評価に加えて各社独自の企業グループ別に相対評価を行っています。例えば、時価総額に基づく企業規模に基づいた企業グループ(ISS)、国別の企業グループ(GMI)、株式所有形態に基づく企業グループ(TCL)などです。各社とも格付のための独自の評価モデルを持っています。その具体的な分析手法については明らかではありませんが、TCLを除く3社は定量的モデル、TCLは定性的評価手法を使っているようです。

これらの格付サービスの主要な利用者は、株式の長期保有を目的とする機関投資家ですが、それ以外にも、債権者、企業経営者、アナリスト、規制当局、取引所、学術研究者などが利用者となっています。

利用の目的は、株式投資にともなう非財務リスクを評価するための判断基準が主たるものですが、債券投資の判断基準、規制当局や取引所による企業の経営状況の判断材料などにも利用されています。また、企業経営者にとっては、自社のガバナンスに係るリスクについて株主と対話するための手段ともなっています。

ところが、このようなコーポレートガバナンスの格付サービスの利用が広がる一方で、それに対する疑問や批判が出てきています。例えば2008年6月にはスタンフォード・ビジネス・スクールが「営利的なコーポレートガバナンス格付はどのくらい有用か?:How Good Are Commercial Corporate Governance Ratings?」という論文を発表しています。また、2009年春には、トレド大学のマイン・エルタグルル准教授とコネチカット大学のシャンタラム・ヘッジ教授が「コーポレートガバナンス格付と企業業績:Corporate Governance Ratings and Corporate Performance」という論文を発表しています。両者ともこれらのコーポレートガバナンス格付の結果と企業業績の関連について広範な統計的分析を行っています(スタンフォード論文はここに上げた4社のうちS&Pの代わりにオーディット・インテグリティ:Audit Integrityという会社を取り上げています)。結論としては、両論文ともこれらの格付と企業業績にはほとんど統計的に有意な相関関係がないというショッキングなものです。

スタンフォ-ド論文はこの他に次のような問題点を提起しています。

  • 4社ともほぼ同じような公開情報を入手し分析しているにも係らず、その評価結果  は大きく分かれて整合性がないということ。この結果は、それぞれの格付会社が考えるコーポレートガバナンスの枠組みが全く異なるものか、もしくは、高い測定誤差が存在するということを示している。

  • ISSの場合は、議決権行使サービスとして議決権行使の指針を機関投資家に示しているが、その指針とISSのコーポレートガバナンス格付に何の相関性もないこと。これは、個別の企業に対する議決権の指針を決めるにあたり自社のコーポレートガバナンス格付を利用していないことを意味する。

筆者の見るところでは、その他に格付サービスとコーポレートガバナンス改善のためのコンサルティングサービスを提供している会社には利益相反の問題もあります。つまり、コーポレートガバナンスの改善サービスの営業をする一方で、その格付けの客観性を保つことが出来るかどうかという課題です。

筆者は、格付については全面的に否定するものではありません。ここで挙げた批判的な論文についてもその分析手法や結果が全く正しいかどうか詳しく見たわけではありません。但し、現在行われているような格付には一定の限界があると思います。それは、コーポレートガバナンス格付だけの問題ではなく、その他の格付にも共通する問題点です。つまり、経営に係るリスクを評価する際に、そのリスクの評価手法が企業秘密となっており、評価のプロセスもブラックボックスの中にあるということです。多くの個人の金融資産を預かる機関投資家や、場合によっては今回の金融危機のように世界経済全体が危機に曝される可能性を出来るだけ小さくするとういう格付の重要性及びその公共性を考慮するならば、格付というリスク評価の手法やプロセスは、個別企業の密室から解放され広く公けの場で議論され監視されるべきではないかと思います。

注1:GMI:ガバナンス・メトリクス・インタナショナル(Governance Metrics International)
   ISS:インスティチューショナル・シェアホルダーズ・サービシズ(Institutional Shareholders Services 注参照)。ISSは2007年1月に米国RiskMetrics社に買収され、2010年6月にはRiskMetrics社は米国のリスクマネジメントに関するコンサルティング会社MSIC社に買収されましたが、ISS部門と格付サービスはMSIC社の事業として継続されています。
   S&P:S&Pのコーポレートガバナンス・サービス部門
   TCL:コーポレート・ライブラリー(The Corporate Library)

(文責:安田正敏)

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