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経営者報酬に対する規制の再整理 安田 正敏

2010年06月10日
一般的事業会社の経営者報酬の規制の中心となる視点は投資家保護であり、経営者の報酬の合理性を株主に説明することの重要性です。一方で金融機関の場合は、金融システムという社会インフラの安全性の問題に強く結びつきます。特に巨大な金融機関が破綻した場合、経営者と株主が蒙る損害と納税者の負担の非対称性が極めて大きくなります。ここに金融監督機関による経営者報酬について、特にリスク管理の視点からの規制が必要となる理由があります。
「週間金融財政事情」5月17日号と24日号において、コンサルタント会社タワーズワトソン社の篠崎隆氏が経営者報酬、特に金融機関の経営者報酬に対する規制について分かり易い整理をしながら明解な意見を述べています(「経営者報酬にたいする規制と金融機関の対応-上・下」)。

篠崎氏は、経営者報酬問題の本質は「会社財産を経営者に配分するか、株主に配分するのか」というコーポレートガバナンスの問題であるとしたうえで、金融機関の経営者報酬の問題は一般事業会社と異なり、「金融システムの安定性というもう一つのテーマが交錯し、リスク管理の視点から規制当局との関係も重要になってくる。」と鋭く指摘しています。

筆者も、一般的事業会社の経営者報酬の規制の中心となる視点は投資家保護であり、経営者の報酬が合理的な方針に基づいて決められていることを株主に説明することの重要性であると思います。2010年3月31日にコーポレートガバナンスに関する開示強化が内閣布令の改正布令として施行されましたが、中でも、連結報酬等の額が1億円以上の役員の連結報酬総額及びその種類別の額を有価証券報告書等の「コーポレート・ガバナンスの状況」において開示する点に、日本企業の経営者が強い関心を寄せてていることは周知の事実です。しかし、この1億円という金額がどれほどの意味をもつのか筆者にはいまだに理解できません。経営者の報酬は、経営者の業績に対して経営者に支払われるものであり、すべての会社に同一的に決められるものではありません。篠崎氏が指摘されているように、「報酬額が高くなければお手盛りでないとは必ずしもいえない」ということです。したがって、経営者にとっては、どういう考え方で、どういう基準に基づいて経営者の報酬についての方針を決めているかということを明確に説明することが、個別役員の報酬開示することよりもはるかに重要な責任であり、株主にとってはより重要な関心事であるといえるでしょう。

一方で金融機関の経営者報酬の問題は、このブログでも再三指摘してきたように、金融システムという社会インフラの安全性の問題に強く結びつきます。ここでは、経営者、株主、納税者の間での三つ巴の利益相反の問題が発生します。特に巨大な金融機関が破綻した場合、経営者と株主が蒙る損害と納税者の負担の非対称性が極めて大きくなります。今回の金融危機では、危機が発生する2006年までは、世界的規模の金融機関の株主はその好業績の成果を享受し、その経営に潜在していたリスクに対しては極めて無頓着であったわけです。その結果、株主も大きな損害を蒙ったわけですが、金融機関救済のために米国の納税者が負担した100兆円相当を超える金額や、EU加盟27カ国の納税者が負担した27兆円相当の金額と比較すると微々たるものです。

したがって、リーマンショック後、国際機関や組織及び各国の金融監督機関によりつくられた経営者報酬についての一連の規制あるいは指針(注)は、金融機関におけるこの非対称性をいかに小さくするかという点に焦点が絞られています。その中心的な課題は、経営者を含む高級職員の報酬がリスクの大きさとリスクの及ぶ期間に対していかに整合性を保つかということです。しかしながら、5月24日のブログで触れたゴールドマンサックスの株主の行動に見られるように、この問題に関する株主の関心はかなり薄いように見えます。したがって、巨大金融機関における報酬とリスクの問題に関しては、多くの役割を株主に期待することは無理のように思えます。

(文責:安田正敏)

注:
  OECDの報告書等(2009年2月、6月、2010年2月)
  金融安定化理事会「健全な報酬慣行に関する原則」(2009年4月)
   (Principles for sound compensation practices)
  バーゼル銀行監督委員会「コーポレートガバナンスを強化するための諸原則」(2010年3月16日)
  (Consultative Document: Principles for enhancing corporate governance)
  シニア監督グループ「最近の市場の波乱時期に見るリスクマネジメント慣行」
 (2008年3月6日)
  (Observations on Risk Management Practices during the Recent Market Turbulence)
  シニア監督グループ「2008年のグローバル金融危機からのリスクマネジメント上の教訓」(2009年10月21日)
  (Risk Management Lessons from the Global Crisis of 2008)
  FRB(連邦準備銀行)「健全なインセンティブ報酬に関するガイダンス案」
  英国FSA(金融サービス機構) 「ウォーカー・レビュー最終報告」
  金融庁「改正監督指針」(2010年3月4日)

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