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ゴールドマンサックスのガバナンスは機能しているのか?  安田 正敏

2010年05月07日
マスコミの情報だけからは、GSが一方的に詐欺を働いたということは断定できませんが、全般的な状況証拠からするとGSに不利に見えます。GSの企業原則が、「最も修復が難しい」として重要視している名声が傷ついているとき、GSの12人の取締役のうちの10名の社外取締役たちは何をしているのでしょうか。外部から見て、彼らのガバナンスが機能しているとはとても思えません。
米国ウォール・ストリートの雄、ゴールドマンサックス(GS)が揺らいでいます。4月15日、米国証券取引委員会(SEC)から「詐欺」を働いたとして提訴されたことは、周知の事実となっています。SECの提訴した「詐欺」の内容をマスコミなどの情報から簡単に要約すれば次のようなものです。

① GSが、2007年4月にヘッジ・ファンドであるポールソン・アンド・カンパニーの援助でサブプライムローンを組み込んだ債務担保証券(商品名アバカス:Abacus)を組成し、投資家に販売したこと。GSは1,500万ドル(約14億円)の手数料収入を得たこと。

② ポールソン・アンド・カンパニーはこの証券が債務不履行になった場合その証券の額面を受取ることの出来るクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)をGSから購入していたこと。

③ GSは一方で、サブプライム関連証券を空売りしていたこと。

④ その後サブプライムローン危機の拡大の結果アバカスの投資家は10億ドル(約940億円)の損失を出し、ポールソン・アンド・カンパニーはほぼ同額の利益を得、GSも空売りで利益を得ていたこと。

これらの事実から、SECはもともと債務不履行になる可能性の高い証券と知りながら、またこの証券の組成の依頼者が債務不履行に備えていることを投資家に知らせずにこの証券を販売し、自らも利益を得ていたことは詐欺に当たるとしたわけです。

マスコミの情報だけからは、GSが一方的に詐欺を働いたということを筆者は判断できません。GSもこの証券を買い1億ドル(約94億円)の損失を出したと主張しています。GSの空売りもこの証券の買い持ちのヘッジおよびポールソン・アンド・カンパニーに売ったCDSのヘッジであったと考えることも出来ます。もし、ヘッジしていなかったら逆に株主から訴えられるリスクにさらされます。

しかし、全般的な状況証拠からするとGSに不利に見えます。この問題を巡り4月27日に米国上院で開かれた公聴会の内容を伝える日経新聞28日朝刊の記事によれば、「ゴールドマンの社員は客に勧めた証券を、内部で『くず』や『ごみ』と呼んでいた。それをなんとも思わないのか」という民主党のレビン議員の怒声に、デビッド・ビニア最高財務責任者(CFO)は一瞬だまったあと、「電子メールに書いていたのは不運でした」と、つい本音を吐いています。

もうひとつの不利な証拠は、4月20日のウォール・ストリ-ト・ジャーナル(WSJ)の電子版によれば、GSがSECから事前通知書(Wells Notice)について情報公開していなかったことです。Wells Noticeとは、慣習としてSECが問題の企業または個人に対して法的な行動を起こすということを事前に知らせる書簡です。この記事によれば4月20日におこなわれたGSとの電話会議のなかで、UBSのアナリスト、グレン・スコアー氏の質問に対するGSの共同法務顧問の答えは概ね次のようなものです。「我々の方針は重大であると判断する情報については常に投資家に開示するものです。その情報は査察、訴訟、規制などあらゆるものを含みます。しかし、すべての事前通知を開示することは意味がありません。我々が重大と思う場合に開示するものです」
スコアー氏はこの答えに対し、「明らかに、あなたはこの事前通知を重大なものと思わなかったわけですね」とすかさず言及しています。そしてこの記事は、「金曜日(4月17日)以来、この事件の見出しがGSの時価総額を120億ドル(約1兆1,280億円)吹き飛ばした事実を見るにつけ、投資家はこの提訴を相当重要と考えているように見える」と皮肉っています。

5月6日のWSJは、4月15日以来、GSの時価総額は19%、およそ150億ドル(1兆4,100億円)が消滅したと報じています。そのため、GSの経営者と一部の従業員に対して株主代表訴訟が起こされ、また連邦検察も刑事取調べを開始すると報道されています。

そんな中、GSのロイド・フランクファイン会長兼CEOは、GSの正当性を主張し続けています。しかし、現在の状況は、下記のGSのホームページに掲げるコーポレート・ガバナンスの理念に著しく乖離した状況といわざるを得ません。

「GSの取締役会と経営陣は、効果的な監督と強い責任を果たすための企業環境を確保することに資するコーポレート・ガバナンスの慣行ついて長い間その重要性を認識してきました。我々の重要な企業原則のひとつとして明言します。『我々の資産は、我々の従業員であり、資本でありまた名声です。そしてそれらのいずれかが傷つけられた場合、最後のもの(名声-筆者注)は修復するのが最も難しいものです』」(筆者訳)(注)

まさにその最も修復が難しい名声が傷ついているとき、GSの12人の取締役のうちの10名の社外取締役たちは何をしているのでしょうか。外部から見て、彼らのガバナンスが機能しているとはとても思えません。この問題は、米国のコーポレート・ガバナンスの問題点を見るうえで大変参考になるケースだと思うので今後も取り上げて行きたいと思います。

(文責:安田正敏)

注:原文
The Board of Directors and management of Goldman Sachs have long recognized the importance of corporate governance practices that help ensure an environment of effective oversight and strong accountability. As one of our key Business Principles states: "Our assets are our people, capital and reputation, and if any of these is ever diminished, the last is the most difficult to restore."

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