産業としての銀行業 安田 正敏
2010年04月09日
個々の銀行のコーポレート・ガバナンスについて議論することはもちろん重要ですが、今回の金融危機を見ていると、それだけでは十分ではないような気がします。つまり銀行業は産業としてなぜ失敗し、世界の産業・経済を混乱に陥れたかということを銀行の顧客である借手(企業及び消費者)、預金者、投資家、格付機関、金融監督機関などの銀行業を取り巻く関係者の考え方と行動も含めて議論する必要があると思います。
バーゼル銀行監督委員会の「コーポレート・ガバナンスを強化するための諸原則」についてのブログ(4月2日)の最後で触れたように、個々の銀行のコーポレート・ガバナンスについて議論することはもちろん重要ですが、今回の金融危機を見ていると、それだけでは十分ではないような気がします。
つまり銀行業は産業としてなぜ失敗し、世界の産業・経済を混乱に陥れたかということを銀行の顧客である借手(企業及び消費者)、預金者、投資家、格付機関、金融監督機関などの銀行業を取り巻く関係者の考え方と行動も含めて議論する必要があると思います。
銀行の役割は資金決済から信用創造まで様々ですが、一番重要な役割は、リスクをとって産業・経済の資金の流れを流動化することです。だからこそ、新しい仕組みの創造とそれに付随するリスクをいかに適切に管理するかということが最も重要な銀行の役割です。しかしながら、今回のバーゼル銀行監督委員会がその諸原則をつくるにあたって参考にした各国の金融監督機関による二つのレポート(注)を読んでみると、産業全体としてほとんどそのリスクマネジメントができていなかった実態が浮き彫りにされています。もちろん中には、比較的うまくリスクマネジメントを行った銀行もありますが、産業としてみた場合、その銀行も全体のシステミック・リスクに飲み込まれて苦しんだわけです。
銀行業は、他の産業と違う特徴を持っています。
まず、どの国でも免許制になっており極めて参入障壁の高い産業です。したがって、産業内部での競争はあるにしても、参入障壁がもたらす超過的な利潤を得るインセンティブが働き易いということです。
金融の新しい商品に係るリスクとその管理そのものが企業秘密になっており、産業全体としてリスクマネジメントのノウハウを共有することが難しいことです。(バリュー・アット・リスクなどの考え方は共有されていますが、その運用は必ずしも同じではありません)。
信用リスク管理に関して言えば、相手方(カウンター・パーティ)の背後、またその背後にいる相手方(カウンター・パーティ)が見えず、産業全体としての信用リスクの様相が個々の銀行に分かりづらいことです(このリスクをある程度解決する手段としては、特定の商品について清算機関を使ってリスク管理と決済をおこなうことがあります)。
したがって、金融監督機関も銀行の取り扱っているリスクをすべて理解しているとは言いがたいことです。
銀行の競争は激しいですが、競争の激しい分野とそうでない分野とが分かれています。競争の激しい分野は、今回問題とされている証券化商品やクレジット・デフォルト・スワップ、M&Aなどの付加価値の高い商品とそれを実現するための人材の獲得です。競争の比較的少ない分野は、資金決済、ローン、預金などの従来の商品です。
これらの新商品への参入競争のために、新商品に係るリスクの評価と管理がなおざりになる傾向があるということです(今回の金融危機でいえばプライム・ローンをバックにしたCDOs-債務担保証券です)。
報酬が収入ではかられた単年度の業績で決められるため、長期的な取引に含まれるコストとリスクが勘案されていませんでした(これは産業として急速に改善されています)。
銀行業以外の産業の関係者の行動では次のようなものがあるのではないでしょうか。
世界的な低金利の中で機関投資家を含め投資家がハイリターンの商品をもとめたこと(むしろリスクに対しては無頓着ではなかったか)。
格付機関が新商品に対するリスクの理解が不十分なまま格付けをおこなったこと。
4月8日付け日経新聞夕刊の一面トップに「米、証券化商品に新規制」という記事が掲載されましたが、その解説に「SECが規制強化を検討する背景には『証券化商品が金融危機の中心的な役割を演じた』(シャピロ委員長)」というコメントがありました。しかし、証券化商品は企業の資金調達や金融機関の不動産ローンに新しい資金調達の道を開いた商品です。これらをすべて否定するのでなく、今回の教訓から産業としてのリスクマネジメントのあり方、その枠組みの中で個々の銀行としてのコーポレート・ガバナンスやリスクマネジメントのあり方を模索していくことが重要ではないでしょうか。
(文責:安田正敏)
注:
Observations on Risk Management Practices during the Recent Market Turbulence March 6, 2008 Senior Supervisors Group
Risk Management Lessons from the Global Banking Crisis of 2008 October 21, 2009
- at 17時01分
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