ブログ詳細

コーポレートガバナンスの実効性が問われるケース 安田 正敏

2010年02月22日
外形基準の観点からもコンプライアンスの観点からも、一見何の問題もない企業にコーポレートガバナンスの深刻な問題が潜んでいる場合があります。実践コーポレートガバナンス研究会の役割は、現実的な問題について議論を深めていくことで、このような状況を実践的に解決することを目指すことだと思います。
コーポレートガバナンスを議論する場合、引用される多くのケースは多かれ少なかれ外形基準を満たしていないか、あるいはコンプライアンス上の問題があるようなケースです。ところが、現実には、外形基準の観点からもコンプライアンスの観点からも、一見何の問題もない企業にコーポレートガバナンスの深刻な問題が潜んでいる場合があります。これは、東証一部上場の大企業の話です。仮にA社とします。

A社の社長は就任して2年になります。この社長のもとではコンプライアンスの問題もなく、監査役の指摘する事項は何もありません。また、社外取締役も3人おり、内部統制上の整備も十分です。

社長は非常にまじめですが、その分、自分を正しいと信ずる人で、社長にもの申す取締役はこの2年で一掃されました。また、非常に慎重な人で、100年に一度の危機を100年に一度のチャンスだと考える人ではありません。むしろいつ二番底が来るかと心配し、新規事業への投資はほとんどしておりません。唯一の施策は経費削減です。これも、軋轢を伴う事業再編ではなく、人件費、残業代、出張旅費、研究費、交際費などの徹底的な削減です。国内出張もままならぬという状況で、数少ないやる気のある営業マンは自費で出張しています。当然、社内のモラルは低下し、営業利益も低迷し、フリーキャッシュフローも枯渇しています。現在は無配です。

世界同時不況の影響もあり、この業界はどの企業も業績は低迷しておりましたが、昨年後半からは、次第に回復の兆しが見えてくる中で、同業他社は業績を回復しつつあります。ほとんどA社と同じ事業を営み、同じような株価であったライバル会社の株価は、今ではA社の2倍以上です。A社の株価はほとんど底を這っている状況です。このまま誰も何もしない場合、社長は続投します。A社はどうなるのでしょうか。

A社のコーポレートガバナンスの外形基準は全く申し分ありません。しかし、ここで述べたように実質的にはこれが全く機能しておりません。私ども実践コーポレートガバナンス研究会は、そのミッションの中で「それぞれの企業がより良いコーポレートガバナンスを実現していくことを支える活動を行うことで、日本企業の価値を高め」と言っていますが、まさにA社のようなケースでどうすれば実効的なコーポレートガバナンスを機能させていくことが出来るかという問題を解決できない限り、このミッションを達成することは出来ません。しかし、このようなケースではそれは容易なことではありません。

  1. 監査役の立場からは、戦略的な意思決定に対して口を挟むことはできません。また役員人事への介入もできません。
  2. 取締役の立場からは、自らの取締約としての地位をあきらめる覚悟がないかぎり、「うかつな事」は口に出来ません。
  3. 株主は、定期的な情報開示によりこの会社の業績上の様々な問題点を知ることはできますが、取締役会での議論やここで述べた内部の問題についてはまず分かりません。また、A社の業績低迷が不況の影響によるものと経営戦略の拙さによるものとが混在しているため、株主にとして経営者の無能を強く指摘し、定時株主総会での取締役人事に関する議案を否決する根拠を持ち難くなっています。議決権行使についてのアドバイスをするプロクシー・サービス会社にとってもこの事情は同じです。
  4. このような状況で、内部情報に接することが出来、立場上も意見の言える唯一の存在が社外取締役ですが、A社の場合そこまで気概のある人がいません。

筆者は、現時点でこのような状況を打開するための妙案を持ち合わせてはいませんが、実践コーポレートガバナンス研究会の役割は、現実的な問題について議論を深めていくことで、このような状況を実践的に解決することを目指すことだと思います。読者の皆様も、ご意見を是非コメント欄に投稿していただけると有難く思います。

(文責:安田正敏)

この記事に対するご意見・ご感想をお寄せください。


こちらのURLをコピーして下さい

お問い合わせ先

一般社団法人実践コーポレートガバナンス研究会

ページトップへ