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欲望という名の投資家 安田 正敏

2010年01月29日
筆者は、米国の金融規制案に全面的に賛成するものではありませんが、大手金融機関のリスクのとり方については、何らかの公的な強制力を持った規制が必要である正当な理由があると考えます。それは、大手金融機関が破綻した場合、投資家が負う負担と社会が負う負担の間に巨大な非対称性が存在するということです。
オバマ大統領が米国の金融規制について強い意欲を示しています。1月29日付の朝日新聞によれば、この金融規制案の骨子は、

① 預金を扱う商業銀行に対し、ヘッジファンド、未公開株投資ファンドの所有や投資の禁止、自己勘定を使った投資を制限。
② 投資銀行を含む金融機関全般に対し、負債の規模に上限をもうける。

という内容となっています。その意図するところは、信用創造という社会インフラを担う銀行が過度のリスクを追い求めることを防ぐというものです。

この金融規制案の長短についての議論は別の場所に譲るとして、筆者が興味を惹かれたのは投資家の反応です。この規制案が出た後、ウォールストリートの金融株は大きく値を下げました。原因は、金融機関の過度のリスクが減り健全な経営体質になるという見方をした投資家より、リスクはともあれ大手金融機関の収益が大幅に減ると見た投資家が多かったからです。同紙に引用されているJPモルガン・チェースのアナリストは「規制案が実現すると米欧の投資銀行大手5社の2011年の収益が計130億ドル(約1兆1700億円)減る可能性がある」といっています。もう一人のアナリストは「米国の金融業界の規模縮小を促す規制は、世界経済における米国自身の力を弱める」と主張しています。ここには、最近の米国に端を発した金融危機への反省はかけらも見られません。

一方で、フランスのサルコジ大統領は、27日ダボス会議で「投機は銀行員の仕事ではない。銀行が投機をしてはいけないと語るオバマ米大統領は正しい」、また、「容認できない報酬が存在する。雇用や富を作り出している人がもらうなら驚かないが、それを破壊している人が多額の報酬を受取るのは弁護の余地がない」と語り、この規制案を援護しています(同記事)。

感情的に見てもサルコジ大統領の言い分にもっともな理があるように思えます。筆者は、米国の金融規制案に全面的に賛成するものではありませんが、感情を排しても、大手金融機関のリスクのとり方については、何らかの公的な強制力を持った規制が必要である正当な理由があると考えます。それは、大手金融機関が破綻した場合、投資家が負う負担と社会が負う負担の間に巨大な非対称性が存在するということです。つまり、仮にひとつの金融機関が破綻した場合、投資家の損失はその投資金額に限定されていますが、社会の負担は信用創造メカニズムという堤防の決壊を防ぐために、その何百倍もの税金をつぎ込むはめに陥るのです。この金融危機を救うために注ぎこまれた100兆円を超える巨額の税金(正確な数字は覚えていませんが)と比べた時、米欧の投資銀行大手5社の2011年の収益が計130億ドル(約1兆1700億円)減るということがいかほどのものか、ということです。

投資家の追い求めるものはリターンですが、その裏には必ずリスクという魔物がくっついています。しかし、欲望という名の投資家にとってリターンの色はバラ色ですがリスクの色は「限りなく透明に近いブルー」です。最近のコーポレートガバナンスの議論の中で、機関投資家が投資先企業に対して果たす役割の重要性が強調されていますが、機関投資家サイドでリスクの色の透明度を減らしていかない限り、投資家にこの役割を期待することは出来ません。その意味で、米国の金融規制法案に対する投資家の反応には落胆しました。

機関投資家の欲望が深いということは、彼らに運用を委ねる個人の投資家の欲望も深いということです。所詮、これは人間の業かもしれません。2002年7月16日、米国の上院銀行委員会の証言で当時のグリーンスパン連銀議長が語ったことばはまだ生きています。これは、SOX法が議会を通過する2週間前のことでした。

「感染性の欲望が、我々のビジネス社会にがっちり食い込んでいるようです。・・・人間が何世代も前よりさらに欲深くなったということではありません。欲望のはけ口が途方もなく大きくなったということです。」(筆者訳)

"An infectious greed seemed to grip much of our business community….It is not that humans have become any more greedy than in generations past. It is that the avenues to express greed have grown so enormously."
    - Alan Greenspan, testimony before the Senate Banking Committee, July 16, 2002

(文責:安田正敏)

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