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ウォーカー・レビュー(3)機関投資家の役割 安田 正敏

2010年01月13日
機関投資家による投資先企業への積極的関与に関する提言は、日本から見ても二つの点で参考になります。一つは、日本企業に投資している英国の機関投資家が、日本企業に対しても同じ考え方をもって接してくるという点です。もう一つの点は、ウォーカー・レビュー、ISCが、英国企業に投資する日本の機関投資家を含む国外の機関投資家にも同様の役割を期待している点です。この点をふまえて、主要な論点を紹介します。
コーポレートガバナンスに対する機関投資家の役割に関するウォーカー・レビューの提言は、幾つかの主要な機関の規程と密接な関係を持ち、整合性が取られています。それらは、FSA(Financial Service Authority:金融サービス機構)、FRC(Financial Report Council:財務報告審議会)、ISC(Institutional Shareholders' Committee:機関投資家委員会)の規程です(注)。なかでも、ウォーカー・レビューはISCの規程を重視しています。この分野の提言は、BOFI(Banks and Other Financial Institutions:銀行およびその他の金融機関)だけでなく上場企業一般に適用できる考え方であることに留意する必要があります。

ウォーカー・レビューの機関投資家の役割に関する考え方は、日本から見ても二つの点で参考になります。一つは、日本企業に投資している英国の機関投資家が、日本企業に対しても同じ考え方をもって接してくるという点です。もう一つの点は、ウォーカー・レビュー、ISCが、英国企業に投資する日本の機関投資家を含む国外の機関投資家にも同様の役割を期待している点です。この点をふまえて、主要な論点を紹介します。

【今回の金融危機における機関投資家の姿勢】
今回の金融危機では、銀行へ投資していた機関投資家は、ROEを高めるために銀行がバランスシートのレバレッジを高めていくことに対して概ね従順であり、これがいくつかの銀行の危機を増幅したと指摘しています。その証拠に、当時の銀行の株主総会の議案に対する反対票は10%をわずかに超えただけであったことを挙げています(p71)。

【投資戦略と機関投資家の役割】
インデックス投資などに代表される分散投資が多くなった結果、機関投資家が個々の投資先企業に対して株主として関与することが難しくなっている事実を指摘しています。一方で、短期的利益を狙った頻繁な売買や、売り戦略を中心とするヘッジファンドのような投資家も増加しています。このような潮流は、逆に、企業の問題点について株主が積極的に関与していくことに関して、株を長期保有する機関投資家に寄せる期待がますます強くなっていることを指摘しています(p69、p72)。
企業のコーポレートガバナンスの綻びや、その結果としての業績悪化に対して機関投資家がとる対応の一つは、その企業の株を売り払うことです。しかし、ウォーカー・レビューは、この対応は、機関投資家が企業のコーポレートガバナンスの改善に寄与するという目的では、それほど効果的ではないと論じています(p70)。株の売りが資産管理を委託した顧客の利益を確保するための最善の方法であると判断される場合に、株を売ることを否定するものではないが、それはあくまでも、機関投資家が企業の経営者と十分話し合った上でとる最後の手段であるべきであると主張しています(p78)。
投資戦略と機関投資家の役割の関連において現実的な問題のひとつは、インッデクス投資などの成果は、ベンチマークに対して目に見える形で表れるのに対し、良好なガバナンスから顧客にもたらされる成果は計測しにくいということです(p75)。

【機関投資家の企業への関与の重要性】
一方で、機関投資家の資産管理の方針や企業に対する関与を通じたガバナンスは、タイムリーに、かつ影響力をもって企業の問題点を指摘することで長期的な業績を改善し、結果として絶対的なリターンをもたらす手段になるとしています。特に、前回の「取締役の機能と役割」で見た取締役の選任、取締役会の構成、取締役会の実績評価の点についての機関投資家の関与は必須である、と主張します。そして、このようなガバナンスを働かせない株主は、他の株主のガバナンスの努力にただ乗りしていると断じています(p70、p71)。
ここでいう「企業への関与」とは、株主が、投資先企業の業績不振に関する危惧について効果的に対処することによってその株の保有から価値を引き出すためにとる率先的な行動であることを意味します。その過程は、投資先企業を監視するための仕組み、チェアマン、上級独立取締役、その他の幹部との会議、それが適切と判断された場合の介入の方針、議決権行使の方針及び議決権行使結果の開示を含みます(p72、p73)。チェアマンまたは上級独立取締役との定期的な会合を、最低でも年1回もつことが、投資先企業との会話を促進し、相互信頼を深めることを指摘しています(p81)。

【企業側の対応】
株主との対話について取締役会レベルで重要な役割を占めるのはチェアマンです。そしてチェアマンがその役割を果たさない場合には、上級独立取締役がその責任を果たします。この株主との対話は、前回「取締役会の機能と役割」で述べた取締役会等の実績評価の対象のひとつとして重要視されます(p80)。

【国外の機関投資家の役割】
ウォーカー・レビュー、ISCはコーポレートガバナンスについて国外の機関投資家に同様の役割を期待しています。特に、投資目的と範囲が長期的であるSWFs(Sovereign Wealth Funds:政府投資ファンド)の役割を期待し、彼らの支持と関与を引き寄せるための手立てを常時見直して行くことが肝要であるとしています(p79)。

注:この分野では、ここで挙げたその他の機関の規程との関係を整理するような提言が多く含まれていますが、英国の事情に係ることなのでそれらに関する細かい点は省略します。

(文責:安田正敏)

なおウォーカー・レビューの原文は英国財務省のホームページの次のURLからPDFファイルでダウンロードできます。

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