グローバル金融危機の教訓は自己資本規制の強化ではない 門多 丈
2009年12月21日
グローバル金融危機で大手銀行を含め多くの銀行が破綻したことを反省し、バーゼル委は銀行の自己資本の規制を引き上げる方向で検討している。今回の危機は多様なリスクが複合的に作用して深刻化したことを考えると、さらなる自己資本規制強化は論拠がない。統括的なリスク管理のあり方を検討しそのリスク・バッファーとしての自己資本のあり方を議論すべきである。
グローバル金融危機で大手銀行を含め多くの銀行が破綻したことを反省し、バーゼル委は銀行の財務体質の強化するために自己資本の「質」と「量」の両面での規制を引き上げる規制改革案を発表した。今回の危機がサブプライム・ローン問題から銀行の経営危機となりグローバルな金融危機に発展した過程とメカニズムを詳細に分析すると、コア・キャピタル重視や自己資本比率の最低水準引き上げは論拠がない。
今回の危機の根本には金融機関の経営者が高いROEを狙うために自己資本規制の裏をかく形で行動したモラル・ハザードの問題がある。そのためにサブプライム・ローンのようなリスクの極端に高いビジネスを手がけたり、SIV (*注) という簿外での投資スキームを使用したりした。今回の危機の深刻化は、市場で金融商品の売買が成立せず価格もつかない、アセットバックCPやレポ(証券貸し)での資金調達ができないなど、多様なリスクが複合的に作用する中で発展した。
このような背景や過程を理解するにはジュリアン・テット著の「愚者の黄金」(日本経済新聞出版社)が参考になる。さすがにファイナンシャル・タイムズ(FT)紙のジャーナリストらしくクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の生い立ちや住宅ローン債権の証券化ビジネスの発展を克明に調査し、その過程での投資銀行、商業銀行、保険会社の経営のモラル・ハザードとミスジャッジメントを記述している。
これらから真に我々が学ぶべきことは金融機関の経営にあたっては、業務から生ずる多様なリスクを統合的に管理する観点から行うことである。バーゼル委は統括的なリスク管理のあり方を検討し、そのリスク・バッファーとしての自己資本のあり方を議論すべきと考える。
「愚者の黄金」書ではサブプライム危機の前兆が2006年初めにはあったと言う。当時JPモルガンの住宅ローン部門はサブプライム・ローンのデフォルト率の上昇に疑問を持った。通常デフォルトを引き起こす急激な金利上昇や経済の悪化の環境ではなかったからである。経営判断の優劣についての鋭い示唆もある。住宅ローンベースの商品のビジネスに邁進し破綻したリーマン、ベアスターンズ、メリル、シティ、UBS。崖っ淵で踏ん張って危機を回避したJPモルガン(そのCEOのジェイミー・ダイモンがこの本の主人公の一人)や状況を早くから読みショート・ポジションで儲けたゴールドマンとドイツ銀行についての記述は興味深い。実践コーポレートガバナンス研究会の立場からは今回の危機で破綻した金融機関などで取締役会がどのように機能していたかの点での分析が本書にないのが残念である。
*注) SIV:ストラクチャード・インベストメント・ビークル
資産を担保にしてCP(アセットバックCP)などで短期資金を調達し、その資金で住宅ローン担保証券などに投資して利ざやを稼ぐために設立された特別投資目的会社。銀行などが連結対象外(簿外)の運用組織として設立した。
(文責:門多 丈)
コメント
基本的にリスク管理の破綻 安田 | 2009/12/21 18:36
全くその通りだと思います。銀行のリスク管理がなぜ破綻したのかを多面的に検証し、今回の事態が起こらないような対策を講じないと、銀行の自己資本がいくらあっても今回のような危機の防波堤にはなりようがありません。その点をコーポレートガバナンスの観点から見れば、前回私のブログで紹介した英国のウォーカー・レビューは大変参考になると思います。
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