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「鶴の恩返し」と競争条件の「不公平」 大谷 清

2012年08月06日
株式再上場が認められた日本航空に対して自民党の一部の議員が「(ANAとの)競争条件が不公平な状態のままで上場を認めるのはおかしい」と批判を続けていると報道されている。公表された経営数字からJALとANAを比較する限り、ルール上の「不公平」はどこにも見当たらない。一体、「不公平」論者は会社更生法や繰越欠損金の税控除制度など法務・税務の一般ルールそのものを「不公平」と訴えているのだろうか。
平成25年3月期決算(連結、予想)でJALとANAを比較してみると、売上高はJALが1兆2200億円に対し、ANAは1兆5000億円。不採算路線を大幅にカットしたJALの売り上げが少なくなっている。問題は営業利益。ANAが1100億円に対し、JALはそれを上回る1500億円予想。この差はJALが3分の1の社員を削減した結果の人件費負担の差に負うところが大きい
経常利益になると差はさらに広がる。ANAが700億円に対し、JALは1400億円で2倍だ。これはひとえに金利負担。平成24年3月末の有利子負債総額を比較するとANAが9656億円に対し、JALは1964億円と約5分の1。会社更生法の元で金融機関から約5200億円の債権放棄を受けるなど大幅に債務を減らしたJALの金利負担が下がり、身軽になった結果だ。「債権放棄が大きすぎたのでは」との見方はあるものの、会社更生のルールを逸脱したものではない。

さらに税引き後利益になるとANAが400億円と税負担の結果、経常利益のおよそ半分になるのに対し、JALは経常利益とほとんど変わらない1300億円。これは巨額の繰越欠損金を出した会社に対し税控除を認めた会計ルールを適用した結果に過ぎず、JALだけに適用されたものでもなく、いわんや一部のメディアがいうような「恩典」でもない。

こう見てくると競争条件に不公平なルールの適用はひとつも無い。実際、米国で数知れないchapter11(連邦破産法11条)申請でよみがえった航空会社に対し、同業者が「不公平だ」と訴え出たケースを寡聞にして聞いたことがない。現行制度やルールを批判するならともかく、筋肉質の会社がライバルあるいはベンチマーク企業として株式市場にカムバックしてくることは、いい刺激にこそなれ、「不公平」と批判するのはお門違いだ。

経営破たんを経験したJALとANAでは自己資本にまだ開きがある。ANAの5200億円に対し、JALは4200億円足らず。JALは航空会社にとって最大の経営リスクであるイベント・リスクに備えるため、急いで自己資本を厚くする必要がある。ANAはJALの再上場直前の7月に突然、1800億円の公募増資を発表、実施して論議を呼んだ。JALも今後、一層の積極拡大経営に転じるために、9月19日に予定されている1億7500万株もの株式再公開を成功させることが、資本政策の第1の課題だろう。

一方、ANAの課題は営業利益でJALを上回るための生産性の向上だ。平成24年度のJALの営業利益率は17%に達し、今年度以降も10%以上を目標にしている。これに対しANAは半分以下の6,9%。まずは自助努力で改善できる余地の大きい営業利益についてJALをベンチマークすべきだろう。

国交省は航空会社にとってドル箱の羽田空港離発着枠が増えるのに際し、地方路線への貢献度合いを斟酌して配分する意向、と伝えられる。8月7日には衆議院国土交通委員会で日航再建に関する集中審議が行われる予定だ。自民党のプロジェクトチームのメンバーらは「鶴の恩返し」をさせたいらしい。政治も行政も将来に禍根を残さないために、level playing field (競争条件の平等)とは何か、をしっかり考えぬいて日本の航空業界の発展を促してほしい。
 
(文責:大谷 清)


コメント

「業績評価は中長期的な観点からすべし」 門多(実践コーポレートガバナンス研究会) | 2012/08/10 16:51

業績の評価ですが、航空業界は世界中でビジネス環境が厳しくぶれも大きい業界ですから収益のサステナビリティの点での分析が必要と思います。その点ではうまい具合に(?)JALもANAも増資するそうですから、その際今後の中長期の収益予想についての情報が開示されるのを期待します。

今回の「不公平」議論の裏にANAがさまざまな圧力で不採算路線を継続していることがあるとすれば、ANAの株主がコーポレートガバナンスの観点からANAの経営を追及すべきではないかとも思います。

JALの昨年3月の第三者割り当て増資増資時については疑問があります。最大の引き受け(50億円と言われる)手の一社がが京セラであったことです。当時のJALの代表取締役会長であった稲盛氏との利害相反が明らかにある取引であり、これについて取締役会でしかるべき公正な議論がされたかの説明義務がJALにはあると思います。

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