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板谷敏彦著「日露戦争、資金調達の戦い」を読んで 門多 丈

2012年04月25日
国の信用が問われている時代である。国としても財政の規律を維持するとともに、国際金融市場での資金調達やIRについての明確な戦略と知見が重要になって来ている。
「政治の究極は戦争」と言われるが、「国家財政の究極は戦費調達」である。我らが畏友、板谷敏彦氏の「日露戦争、資金調達の戦い」(新潮選書)はこの問題を鋭くえぐる。日露戦争時には戦艦や兵器の海外からの購入には金本位制度の裏つけのある正貨が必要で有り、それをまかなうためには我が国は巨額の公債を海外で発行する必要があった。戦艦購入などの艦隊をそろえる総コストは当時の日本の政府の年間の予算の半分に相当したとのことであり、資金調達のマグニチュードは想像できる。当時の日本はエマージング国の最後発の資金の取り手であった。先進経済大国のアルゼンチン国債のデフォルトの記憶が生々しい環境では、我が国の巨額な外債発行は難航しえた。

板谷氏は「坂の上の雲」で司馬遼太郎氏が著述するこの外債資金調達に関するエピソードに疑問を持つ。「坂の上の雲」では外債発行の特命を受けた高橋是清がある晩餐会で米国の投資銀行クーンローブ商会のヤコブ・シフ氏と偶然会ったとある。またユダヤ人のシフ氏はロシアでのユダヤ民族弾圧に反感があり、日本のロシアとの戦争に好意を持っていたことで日本の公債引き受けに積極的に応じたともある。板谷氏はこのような推察に疑問を呈する。高橋是清が担当した外債発行にはしっかりした構想があり、発行の条件の交渉にも長けていたことを記録や経緯を検証し明らかにする。ベアリング商会を中心とした英国のマーチャント・バンクと国際的に活躍を開始したクーンローブ商会などの米国の投資銀行の間の微妙な駆け引きもあったことなど、当時の市場環境も分析する。シフ氏らには日本国債を引き受けることの採算(リスクとリターン)には、バンカーとして合理的で冷徹な判断があったことも強調する。

板谷氏は金融市場のプロである。日興、インドスエズ、ドレスナーKB、みずほ証券などで株式投資とトレーディングのストラテジストで名前を馳せた。このセンスで日露戦争の戦況に応じての株式・公債市場の動きも緻密に分析する。特に東京取引所での日本株式やロンドン市場での日露公債の値動きを逐一チェックし分析をした。例えば開戦が確実になった段階での日本の株や公債の暴落(ユーフォリアから悲感にセンチメントが変わった)、戦況の展開する中で日露公債のスプレッド(利回り較差)が日本に有利な形での縮小、などの動きである。このような市場の反応の変化や株式・債券価格の動きに反映される市場の先見性も理解できて興味深い。板谷氏は100年以上の記事を電子化している英ファイナンシャル・タイムスなどを丹念に調べたとのことであるが、これもインターネット普及の賜物とも感じた。

現在ギリシャ国の信用不安を発端とするユーロ金融危機、日本の国債残高の大きさと財政への懸念など、国の信用が厳しく問われている。国の信用を維持し国際金融資本市場で効果的な資金調達を行うためには、財政の規律を維持するとともにすぐれた調達戦略、市場についての知見と専門性、IR、したたかな交渉力が必要なことを本書は示唆する。

(文責:門多 丈)

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